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 一見してヴァイスだと分かる色の髪が見えた。イハブは守衛がいた方向を見やり、すぐに柵を越え、下へと足を伸ばした。穴は幼い子どもには無理かもしれないが、自力で這い上がれるほどの深さだ。
 異臭に右の前腕で鼻と口元を押さえ、イハブはヴァイスの頚部へ指先を当てた。脈はあるものの、弱く遅い。外傷と栄養失調のせいだと考えられた。濡れている髪から足の爪先まで視線を滑らせ、気づかれないように溜息を漏らす。
 彼は全裸であり、ひどい外傷を負っていた。死んだと思われて、ここへ捨てられたのだろう。イハブはそうであってもおかしくない状態の彼へ、自分の着ていた服を脱いで被せてやる。
「っ、う……い、し、くだ、さ、ゆ、っく、ゆるし」
 気配を感じた彼はうつむいていた顔を上げた。エレビ海の青より澄んだ瞳が、イハブを見つめている。頬や額の傷があっても、彼は美しい顔だちをしていると分かった。震え始める彼に衣服を巻いてやり、落ち着くように、と声をかける。
「大丈夫。もう大丈夫だから」
 ゴミ捨て場から脱出するため、彼を抱えようとすると、彼は悲痛な声を上げた。何に怯えているのかは分からないが、ここから出ない限り、傷の手当はできない。呼びかけようとして、名前を聞いていないと気づき、イハブは自分の名前を名乗った。
「俺はイハブだ。おまえは?」
 体が痛むのか、小さくうめきながら、彼は、「ラウ」と繰り返した。彼らの住む地方では、よく付けられる名だ。
「ラウノか?」
 数ヶ月前に、アミッドの男達へ連れて行かれたヴァイスを思い出す。彼は首を横に振る。少なくとも、頚部への損傷はなさそうだ。
「らう、ラウ、リ」
「ラウリ?」
「っそ、そう」
 安心させようと、ラウリへ手を伸ばすと、彼は途端に肩をすくめ、上半身を丸めようとした。イハブは触れることをやめて、「ラウリ」と呼びかける。
「俺は医者の見習いをしてる。おまえの傷を治そう?」
「……いい。ここ、で、いい」
 いつからここにいるのか分からないが、陽が昇ってしまえば、確実に虫や感染病の餌食となってしまう。夜も野生動物達が寄ってくるかもしれない。
「こんなところ、駄目だ。ちゃんと」
「いや」
 ラウリの瞳から涙があふれた。
「もういや、ここで、いい。もう、いっ、いやだ」
 いわれのない暴力にさらされているヴァイス達を見てきた。ラウリも彼らと同じように、諦観していた。ゴミ捨て場で朽ち果てるほうがいいと言う彼は、どれほど虐げられてきたのだろう。それを考えると、イハブの心は痛んだ。
 イハブの着ていた服の端で目を押さえ、ラウリは肩を震わせて泣き続けた。手首には拘束されていた痕があり、膿んでいるため、出血が見られた。一瞬しか見なかった腹部や下肢、まだ見ていない背中の具合はどうだろう、と考える。
「ラウリ」
 まだ生きている彼を、このまま放置するなんてできない。彼の所有者は彼を捨てた。おそらく死んだと思い、彼の所有権も破棄しているに違いない。イハブはハキームから、医者としての精神も学んでいる。
 命は平等であり、尊いものだ。自分にできる限りの処置もせず、消えかかっている命を見ていることはできない。イハブはまだ若く、苦痛や恐怖に打ち砕かれた者が、死を望む心理を理解していなかった。
 そして、自分の無知を恥じ、後悔する。だが、今は後悔より何より、彼を救えると信じていた。
 泣き疲れて目を閉じたラウリを抱え、イハブはゴミ捨て場から這い上がった。大人しく待っていたメルの背に、ラウリを乗せる。
「軽い子だから、大丈夫。いつもの湖まで行こう」
 メルの腹をなで、紐を引く。慎重に歩き、途中、何度も周囲を確認した。守衛の姿は一度も見えなかった。

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