ゆらゆら番外編6 | ナノ





ゆらゆら番外編6

 本格的な夏が始まる前から、孝巳はジムへ通い始めた。梅雨独特のもやもやとした雨と湿度とは反対に、部屋の中はいつでも快適だったが、何もすることがない生活に飽きてしまったからだ。一成が見つけてきた会員制のジムは、当然、会員しか利用できず、彼の付けてくれた二人の男達が、移動の間中、孝巳を守ってくれる。
 あの夜のことは一度も話していない。知らない男が、勝手に入ってきて、自分に乱暴した夜のことだ。思い出そうとしても、記憶があいまいで、目が覚めたら、別荘にいたと言える。
 孝巳はトレッドミルを操作し、ゆっくりと走る。目の前の窓からは半地下に設置されている屋内プールで泳ぐ人達が見えた。走りながら、あの夜のことを考える。あの時、一成が帰ってきたと思い、ソファから振り返った。
 その続きを探ろうとする。だが、男の顔が見えず、言葉も聞こえない。徐々に速度を上げていくトレッドミルに合わせ、孝巳は足を動かした。速度が上がるたび、もう少し、と思う。もう少しで思い出せるのに、そのもう少しがもどかしいほどに孝巳を押さえつけていく。
 呼吸を乱し始めた孝巳のもとに、インストラクターが来た。彼がトレッドミルの速度を落としてくれる。
「工藤さん、少しペース、落としましょう。休憩をこまめに取ってください」
 孝巳は噴き出している汗を首にかけていたタオルで拭い、彼の言葉に頷く。休憩室といってもホールのようになっている場所で、ベンチへ腰かけた。来た時に購入していたペットボトルの飲料水を飲み、一成からのメールに返信する。
 視界の端に壮年男性が映り、孝巳は少し気にした。彼はこちらへと歩いてくる。ジムの中には体を動かすのに適した格好をした人間しかいない。その中で彼のスーツ姿はよく目立つ。
「失礼」
 男はうしろに従えていた二人の男達を、視線だけで下がらせた。孝巳は彼を見上げたが、見覚えのある男ではない。
「工藤孝巳さんですか?」
 頷くべきか考えていると、男は、「一成に」と話を切り出した。だが、会員しか入ることのできないジム内に、侵入者を見つけた警備員が、すぐ駆けつける。
「申し訳ないですが、ここは会員制です。すぐに出てください」
 孝巳の担当であるインストラクターも来て、孝巳をかばうように奥へと連れて行こうとする。
「あの子に、一仁のことは許して欲しいと伝えてくれ」
 男は警備員に押し出されながら、こちらへそう叫んだ。あの子というのは、一成のことだろう。一仁というのは、誰だろうか。孝巳はトレッドミルや他の器具が並ぶ奥へと連れ戻され、インストラクターが一成に電話をかけるのをただ見つめた。
「工藤さん、大丈夫ですか?」
 自分の携帯電話が震え出したことに気づき、孝巳は頷いてから、電話に出る。一成はすでにこちらへ向かっていると言った。
「あ、一成」
 切ろうとする気配に、彼の名前を呼ぶ。
「さっきの人、一成の、お父さん?」
 似ているわけではないものの、一成をあの子と呼ぶのは親以外に考えられない。少しの間の後、「そうだ」と返事がくる。だが、それ以上を尋ねられる雰囲気ではない。孝巳は携帯電話を置き、インストラクターにすすめられた椅子へ座る。
 プールサイドで休んでいる青年が、こちらを見上げた。軽く手を振ってくる。会員制のジムでは、ほとんどが見知った相手だった。孝巳も軽く手を挙げてこたえる。必要以上に接触してこないのは、一成の力が影響しているらしい。一成本人からは聞いていないが、以前、ジムの会員達が話しているのを聞いた。


番外編5 番外編7

ゆらゆら top

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -