わかばのころ 番外編17/i | ナノ


わかばのころ 番外編17/i

 午前中最後の講義が終わり、潮は若葉からメールがきていないか確認した。肩から提げていた鞄の中へ携帯電話をしまっていると、同じ学部の顔見知り達が話に夢中といった感じで通り過ぎていく。
「違和感ねぇよな」
「ほんと、俺、エクレアであぶねー想像したって」
 あまり気には留めなかったが、エクレアだけは耳に残った。若葉はたいてい学食にいるため、潮はそちらへ向かって歩き始める。今日は、午後から受ける講義が一つしかない。部屋までは自転車で十分ほどだが、若葉も潮も徒歩で大学校舎まで来ている。
 一度、部屋へ戻ってもいいと思いながら、学食の出入口へと進む。徒歩で行き帰りしているのは、潮にとっては体を鈍らせないという意味があり、若葉にとっては体を少しでも動かすという意味があった。
 出会った時から七キロほど太ったという若葉は、確かにふっくらしてきた。潮としてはまったく問題ないが、若葉はかなり気にしている。週末に若葉の実家へ戻れば、彼は率先して田んぼへ出ては体を動かしていた。だが、体を動かせば腹が減る。
 若葉の家の料理も『むすび』で食べさせてもらえる料理も、とてもおいしい。つい動いた分以上に食べ過ぎるのは仕方ない。同じだけ食べても太らない自分に、若葉は、「羨ましい」と連呼していた。
 思い出し笑いをしながら、学食を見渡す。寝癖で跳ねた髪を見つけて、潮は歩みを進めた。近づいていくと、若葉の隣や向かいにいた後輩達が表情を変える。
「あ、潮先輩……」
 彼女達が手にしているものと、テーブルの中心に置いてあるペーパーボックスの中身を見下ろして、潮は溜息をついた。
「若葉」
 隣に立っている潮を若葉が大きな瞳で見上げてくる。大きく開いた口にエクレアを突っ込んだままだ。
「ひ、一つめですよー、お昼まだだし」
「そうそう、甘いものでお腹いっぱいにしてから、ごはん食べると、炭水化物の量が減ってですね……」
 フォローを入れてくる彼女達に、潮は、「なるほど」と頷く。若葉は口に入れたエクレアを半分食べてから、「うーちゃん、あのね」と苦笑した。
「これ、一つめだから」
「抹茶のエクレアが一つめって意味だろ?」
 ごまかすように笑う若葉の額を指先で弾く。
「いたっ」
「頬にチョコレートがついてるぞ。先にイチゴのエクレア、食べたんだろ?」
「うぅ……」
 ペーパーボックスの中には、まだ数種類のエクレアが見えている。その箱を開きながら、ダイエット特集と書かれた雑誌を回し読みしているのだから、女性心理は本当によく分からない。そして、その輪の中に違和感なくとけ込んでいる若葉に、潮はつい笑みをこぼした。
「俺、一回、家、帰るけど、若葉はどうする?」
「俺も一緒に帰る」
 立ち上がった若葉に、「黒ゴマは?」と若葉の友達が聞いた。
「えー、うーん」
 うかがうようにこちらを見上げる若葉に、潮はわざとむっとした表情を浮かべる。
「あ、いい。いらない」
 しょんぼりと肩を落として、歩き出した若葉を背に、潮は「俺がもらっていいか?」と尋ねた。片手に黒ゴマのエクレアを持って、隣に並んだ潮を見て、若葉が口をとがらせる。潮はそれを半分食べた。
「若葉、俺は別におまえが健康なら、少しくらい太ってても気にしない。だから、いきなり食べるのやめたり、夜中に十キロ走るって言い出したり、食べることに対していらいらしたり、そういうのやめて欲しいんだ。分かったか?」
 頷いた若葉は瞳をにじませていた。
「口、開けて」
 半分になった黒ゴマのエクレアを口に押し込む。目を細くして笑みを浮かべた若葉はとても可愛い。手を差し出すと、すぐに握ってくる。若葉に対しては際限なく甘くなる。もう若葉の父親を笑えないなぁ、と思いながら、潮はぎゅっと手を握り返した。


番外編16 番外編18(社会人の二人/若葉視点)

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