わかばのころ38/i | ナノ
わかばのころ38/i
「メールの履歴がすごいから、てっきり瀬田の女かと思ったんだけどな」
男は潮の携帯電話を取り出した。若葉は震える声で潮のことを聞く。
「う、うーちゃんは、どこ?」
くちびるが切れているのか、話すと痛みが走る。若葉の目の前にいた男が、右側へ体を動かすと、視界の先に倒れている潮の姿があった。
「うーちゃん!」
若葉は潮の元へ走った。途中で転んでしまったが、そのまま這うようにして、彼のそばへ行く。潮は気を失っていた。黒髪に触れると濡れていて、手につくそれが血だと分かり、若葉は泣いた。顔も体も殴られた痕がある。救急車を呼ばなければ、と携帯電話を探すと、男が、「これ探してる?」と若葉の携帯電話を掲げた。
「返して! うーちゃんが死んじゃうっ、救急車、呼ばなきゃ……」
若葉は立ち上がり、男のほうへ駆けた。すぐに別の男達が若葉の前に立ち、若葉の腹へ蹴りを入れる。息ができなくなり、涙がせり上がる。見上げると、男が電池パックを取り出し、壁のほうへ携帯電話を投げつけた。
「瀬田がその程度で死ぬわけないだろ」
男はそう言うと、鉄の棒のような物を拾い上げた。棒の先と床が擦れる音が響く。男はそれを振り上げると、倒れている潮の背中を目がけて振り下ろした。
「だめっ!」
若葉は男達の手を振りきって、潮の体へ抱きつく。背中が火傷したのではないかと思うほど熱くなった。若葉は潮の肩へ顔を埋めて、嗚咽を漏らす。
「うーちゃんが死んじゃう。もうやめて、うーちゃんが死んじゃうよ……」
潮の体はまだ温かく、小さな呼吸を繰り返していた。だが、頭から出血していることは間違いなく、若葉は、「救急車を呼んで」と鉄棒を持っている男へすがる。男は残忍に笑い、若葉のことを足で蹴った。倒れると、髪をつかまれ、無理やり立たされる。
「女だと思ったから呼び出したけど、邪魔な人間、増やしただけだな。そんなに大事な友達なら、守れよ。ほら」
男が若葉を脇へ押し、潮を蹴ろうとした。若葉は立ち上がって、潮を守るように立ちはだかる。蹴りを受けて座り込みそうになりながらも、若葉は次の攻撃も耐えた。ケンカをしたことがない若葉は、攻撃どころか防御すらままならない。ただ潮を守りたい一心で彼を背にして立ち上がる。
潮にこれ以上傷が増えるくらいなら、自分が傷つくほうがましだった。潮にもしものことがあったら、そう思うと若葉は暴行を受けながらも、何度も何度も彼を守るために立った。男達はただ立つことしかできない弱い若葉を面白がり、数時間かけていたぶった。
「あー、俺、腹減ってきた」
誰かが言うと、「もう八時だ」と誰かがこたえる。かろうじて入ってくるのは離れたところにある外灯の薄暗い光だけで、互いの顔を見ることもできない状態だった。電気は通っているのか、部屋の片隅に電気スタンドのようなものが置いてあり、そのスイッチが入った。若葉の顔はすでに腫れ上がり、内臓を痛めているのか、吐血した時の汚れが足元に広がっている。
鉄棒で足を打たれ、若葉はもう立ち上がることもできず、潮の体をかばうように彼に覆い被さっているだけだった。制服のシャツは身につけているが、下は肌は露出している。
男達は若葉がふらつき、立ち上がれなくなると、「おまえが守るんだろ? 立たないと、おまえのせいで瀬田が死ぬかもな」と脅した。自分のせいで潮が死ぬ、という脅迫は、大好きな潮のためなら何でもできると思っている若葉に深い傷を与えていた。
男達が階段を上がると、車のエンジン音が聞こえてくる。若葉の心はすでに麻痺した状態で、潮にしがみつきながら、死なないで、と繰り返した。
視線を上げると、転がっている空のビール瓶が見える。その口には、血の付着したコンドームが被せてあった。ただの友達にしてはメールの内容がおかしい、と言い始めた男に、若葉は心臓をつかまれたと感じるほどの恐怖に陥った。
その後すぐに、潮はゲイなのではないかと男達が嘲笑した。若葉は涙を拭いながら、潮から離れて、そのビール瓶をつかむ。思いきり壁へ投げつけたつもりだが、力が足りず、壁に当たっただけで割れなかった。 |
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