わかばのころ35/i | ナノ


わかばのころ35/i

 ごめんね、と繰り返した。両手首を熱い手が握る。潮が強い力で、耳をふさぐ手を若葉の胸のあたりまで下げた。
「顔を上げろ」
 若葉は首を横に振る。
「若葉!」
 強い音で呼ばれて、若葉はおそるおそる顔を上げる。黒い瞳が輝いていた。潮とはここでしか会ったことがないから、失念していた。彼はおそらく学校でももてるだろう。自分のような同性からの告白に動じないくらい、異性との経験もあるだろう。若葉はかわいいと言われている。それでも、異性に敵うはずもなく、彼がわざわざ同性の自分を選ぶとは考えにくい。
 潮の顔がぼやけていく。
「また泣く。すぐ泣く。ずっと泣く」
 潮はそう言った後、おぼんからグラスを取った。
「ほら、水分補給」
 手に持たされたグラスの中のジュースを飲むと、潮は満足そうな表情を見せた。
「もう、おまえには振り回されてばっかだ」
 あぐらをかいた潮はテレビのリモコンを操作して、テレビを切った。
「若葉、無理にああいうことすんのはやめろ。準備の方法も知らないくせに、暴走しやがって。何をあせってんのか、知らねぇけど、俺は……好きでもない奴にキスしたりしない。同じ好きを返せって言うけど、友達と思ってる奴にキスなんかしない」
 これだけ言えば、分かるだろうと視線が訴えてくる。若葉は理解できず、潮の言葉を待った。
「あー、もう、にっぶいなぁ。何で俺が大事なピアス、やったんだよ? おまえの友達におまえが不良と付き合ってるなんて言われないように髪、染めたし、三時間もかけて、ここまで来たし、毎日メールしてるし、他にも色々……つーか、おまえ、おじさんに話しただろ? 信じらんねぇ。別にいいけど、マジで信じらんねぇし。傷つけないで欲しいって言われて、その数時間後に、この状態……もう、俺、ほんと、振り回されてる……」
 鈍いと言われて、並べられた言葉を若葉は懸命に理解しようとした。大人達の前では礼儀正しい潮が、年相応に話すのを聞くと、若葉は少し安心して、もっと彼の声を聞いていたいと思った。結論へたどりつく前に、彼が、「あー」とうな垂れる。そして、大きく広げた腕で若葉の体を抱き締めた。
「くそ!」
 怒っているのかと思い、腕の中で緊張していると、潮がもう一度、「くそ!」と罵った。言葉はないが、彼は罵りながら、若葉の頭や髪の生え際、額や頬へとキスを始める。
「……うーちゃん、怒ってないの?」
「怒ってる。もう二度とああいうことはするな。分かったか?」
「うん。あの、さ、まだ好きでいてもいいの?」
 若葉がうかがうように見上げると、潮は盛大な溜息をついた。
「あぁ。じゃあ、嫌いになったら教えてくれ」
 冗談なのだと理解し、若葉は声を出して笑った。先ほどは絶対に潮のものになってしまわなければならないと感じたのに、今はこのまま穏やかな時間を楽しみたいと思う。わがままだが、そういう自分を受け入れてくれる潮が愛しかった。
 潮を嫌いになる日は来ない。若葉は彼に初めて好きと伝えた時から、今もずっと彼のためなら何だってできると思っているからだ。
「手、つないで寝てもいい?」
 電気を消した後、虫の音を聞きながら尋ねると、潮は何も言わずに手だけを薄いかけ布団の中へ入れてきた。もっと考えたいことがあったが、たくさん泣いたせいか、若葉はすぐに眠りへと落ちた。


34 36

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -