わかばのころ30/i | ナノ


わかばのころ30/i

 震え出した携帯電話を操作して、受信したメールを開く。若葉は箸をくちびるにつけたまま、視線だけを滑らせた。
「若葉、食事の最中でしょう?」
 行儀が悪い、と母親に言われて、携帯電話を閉じる。
「潮君か?」
 父親が白身魚のフライを一口頬張る。
「うん」
 夏祭りの翌日、潮は迎えにきた両親とともに家へ帰った。若葉は大泣きしたが、彼は絶対に会いにくると約束した。その日から毎日メールをくれる。
 夕食後、後片づけを手伝った。若葉の日常は夏休み前と変わらないが、潮という存在が毎日を楽しくしてくれる。風呂に入り、布団へ寝転び、携帯電話をいじる。鈴虫の鳴き声が窓の外から聞こえてきた。
 潮のメールはいつも一言で、長くても読点が二つで終わるようなものばかりだ。それでも、彼が何を考え、何をしているか分かるから嬉しい。若葉は文面を読み上げた。
「おやすみ、若葉」
 思わずにやけてしまう顔を枕へ押しつけて、目を閉じる。指先でダークブラウンの革紐に通したシルバーのリングピアスへ触れた。
 若葉と父親の休みが重なる週末に稲の刈り取りと脱穀を済ませ、田んぼは藁処理まで終了していた。田植えと刈り取り時期がいちばん忙しい。若葉は携帯のディスプレイをしばらく見て、保護してあるメールを読み返しながら、いつの間にか眠っていた。

 金曜の夕方、若葉はいつも通り『むすび』へ自転車を置き、ヘルメットを取って中へ入る。
「ただいまー!」
 三組の客が各々で食事やデザートを楽しんでいる。若葉はパスタを食べる男性客に視線が釘づけになった。彼を見間違うはずがない。
「うーちゃんっ」
 黒色の髪は短く整えられている。ピアスの数も減り、まるで優等生のように見える潮だが、鋭い視線は相変わらずだ。その目尻が若葉を見て下がる。
「おー、若葉。おかえり」
「うわぁ、ただいまー! いつ来たの? メールくれたらいいのに。ねぇ、いつまでいるの?」
 向かいではなく隣に座り、若葉は潮と彼が食べているチキンと水菜のジャコパスタを見比べる。
「あー、うーちゃん、すごくカッコイイ。パスタもおいしそう」
 空腹と戦いながら、懸命に潮を見つめる。彼は大きな笑い声を立てた。若葉の目の前にブルシェッタが置かれる。
「若葉、手を洗っておいで」
 会田の言葉に頷き、立ち上がる。
「うーちゃん、帰らないでね。俺のブルシェッタ、食べないでね」
「はいはい」
 呆れた表情の潮が会田とともに笑い始める。どうせ食い意地が張っていると言われているのだろう。キッチンに入ると、牧が釜の中をのぞいていた。
「おかえり」
「ただいま」
 牧はパーラーを握り、中に入っている小さなピザを取り出す。
「どう、これ?」
 若葉は手を拭きながら、作業台に置かれたピザを見る。パイ生地のような生地にはバナナが並び、チョコレートがかかっている。甘い香りがした。
「おいしそう。チョコバナナのクレープみたい」
「リンゴとシナモンもある。後で持っていってやろう」
「本当?」
 満面の笑みを見せると、牧も笑った。だが、キッチンに入ってきた会田を見て、すぐにピザもどきを置いて、パーラーを釜へ突っ込む。


29 31

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -