わかばのころ26/i | ナノ


わかばのころ26/i

「じいちゃん、こいつ、宿題やってないから、ちょっと連れて帰ります」
 潮が声を上げると、祖父は、「おう、頼む」と手を挙げ返す。若葉は引かれる腕を見つめた。彼の手の平は熱い。田んぼを左手に出て、迂回する経路で家へ戻る。
「うーちゃんは勉強、好きなの?」
 道すがら尋ねると、潮は大笑いした。
「そんなわけないだろ? 嫌いだし、成績も自慢じゃないが、下のほうだ」
 まだつながっている部分を見ながら、若葉は質問する。
「じゃあ、どうして俺の宿題をやるの?」
「やるのはおまえだろ。俺は見てるだけ」
「うーちゃんは宿題した?」
「……あぁ」
 若葉は足を止める。
「おかしい。何か今の間は、おかしい。うーちゃん、自分は宿題してないくせに、俺にはしろって言うの?」
「そうだ」
 あまりにもあっさり認められて、若葉は脱力した。
「えー、ずるい。俺だって、やりたくないよ」
「俺は家に置いてきたから、帰ってからする。今日はおまえのを見てやる」
「さっき自分で成績、下のほうって言ったのに」
 潮は笑いながら、つかんでいた手を放して、今度は手をつなぎ直した。
「いいから、いいから。少しは俺のことも立ててくれ。慎也さんに、俺がおまえのこと連れ回して、追いかけ回して、宿題する時間を奪ったと思われてる。だから、おまえはちゃんと宿題、終わらせなきゃな」
 つながれた手が気になって、若葉はあまり潮の言葉を聞いていなかった。おそらく長靴のせいで、また転ぶと思われているのだろう。手をつないでくれるなら、ずっと長靴を履こうかな、と若葉は考えた。
「若葉」
 名前を呼ばれて顔を上げると、潮はなぜか少し赤くなっている。
「あー、おまえはほんとに分かりやすいな」
「何?」
「いや、何でもない」
 家に入る前にムウを構い、祖母が用意していた昼用のおやつを与える。
「潮君もお昼、食べるわよね?」
「はい。でも、先に宿題、一つは終わらせないと、な、若葉」
 まだ十一時だった。若葉はすでに空腹だったため、頬をふくらませる。
「お腹空いてるから、宿題なんかできないよ」
「なら、いつならできるの? ごはん食べたら眠くなって、起きたらまたお腹空いて、まったく若葉は、食べるか寝るかのどっちかね」
 母親がそう言ってからかい、祖母と潮が笑う。
「分かった! 一つだけ終わらせる」
 昼間の二階は暑い。若葉は問題集を下へ持ってくる。居間のテーブルにまずは世界史の宿題を広げた。左横に潮が座る。若葉は一問目を黙読して、世界史の教科書を開いた。若葉の成績はよくも悪くもない。テストはだいたい平均点で、苦手な科目がない代わりに得意な科目もなかった。
 教科書を見ながらこたえを書いていると、潮の視線が気になり始める。何を見ているのか確認するため、彼を見た。彼の瞳が自分の指先を見ている。
「うーちゃん、俺の手、見てる?」
「あ? あぁ、うん。いや、男なのに、字、きれいだなーって」
 嬉しいやら恥ずかしいやら、色々な感情が混ざり過ぎて、若葉はシャーペンの先を何度も折ってしまった。すると、潮が立ち上がる。
「ごめん。俺がいたら集中できないか。おばさんのこと、手伝ってくる」
 何とか頷き、問題集へこたえを書き込んでいくものの、若葉の頭には覚えるべきことがまったく何も入ってこなかった。


25 27

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -