わかばのころ22/i | ナノ


わかばのころ22/i

 家に帰り、「ただいま」とだけあいさつする。
「あれ? あんた、『むすび』に泊まるんじゃないの?」
 母親に聞かれて、若葉は首を横に振る。うつむいていたが、すぐに気づかれて、彼女が近づいた。
「あらあら、泣いてるじゃない? どうしたの? 潮君とケンカ?」
「そんなんじゃないよ、ただ……」
 どう言っていいのか分からず、若葉は小さく息を吐く。
「俺、ごはん、いらない。おやすみ」
「もう寝るの?」
「うん」
 二階へ上がり、鞄を置いた後、若葉は開いている窓のほうへ近づいた。網戸から少しだけ涼しい風が入ってくる。山裾にある家は町中より高いところにあるため、家々の明かりが見えた。若葉は蚊取り線香に火をつける。ふと勉強机に置いたままの携帯電話に気づいた。
 新着メールを開くと、潮が送ってくれたものが表示される。若葉は泣きながら笑った。彼は食べ物の絵文字ばかりを並べて送信していた。暗に食いしんぼうだと言いたいのだろう。携帯電話を閉じて、それを握ったまま、畳の上で横になる。布団を敷くのが面倒で、若葉はそのまま目を閉じて、しばらく泣き続けた。
 昔の若葉なら、そのまま寝落ちしていた。だが、体中の涙を使い果たすほど泣くと、少しずつ考える余裕が出てきた。若葉は蚊取り線香臭い部屋の中で、潮のことを思った。潮も自分を受け入れて愛してくれる人間だと思った。それは間違いなかった。彼は若葉のことを好きだと言った。ただ、その方向が異なるだけだ。
「わーかーば」
 音を立てずに階段を上がってきた父親が、開け放してある扉から顔をのぞかせる。彼は手に甘い炭酸飲料を持っていた。もうそんな時間なのか、と若葉は壁にかかっている時計を見る。
「おかえり」
 すでに夕食をとっているはずだが、若葉はまだ父親に、「おかえり」と言っていない。彼はいつもの笑みを浮かべ、「ただいま」と返す。
「ずいぶん泣いたな。お父さん、中に入ってもいいか?」
 去年頃から、父親は部屋に入る時にいちいち確認するようになった。若葉が年頃になり、勝手に部屋へ入ったら怒られると考えているようだ。
「うん」
「お邪魔します」
 冷たい缶ジュースを渡されて、若葉は礼を言う。その缶をほんの少しの間、まぶたに当てた。父親が若葉と向き合い、あぐらをかく。
「おじいちゃん、手伝ってくれてありがとうな」
「うううん、俺、田んぼ行くの好きだから」
 プルタブを開けて、一口飲む。父親と目が合い、若葉は笑った。
「お父さん、ごめんね」
「何が?」
「俺が泣いてるから心配してきてくれたんでしょ?」
 父親は笑みを浮かべる。
「何だ、ばれてるのか」
「当たり前だよ。でも、心配いらない。別に、うーちゃんとケンカとかしてないから、明日も遊ぶし、夏祭りも一緒に行く約束した」
「そうか」
 若葉は父親の手で頭をなでられ、心が落ち着くのを感じた。周囲の優しさに囲まれて育った若葉は、打たれ弱い。両親はそれを理解しており、様子がおかしいとすぐに声をかけて話を聞いてくれる。


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