わかばのころ20/i | ナノ


わかばのころ20/i

 花壇に咲いている花の名前を教えると、潮が笑みを見せてくれる。若葉は顔中が熱くなるのを感じながら、花を見るふりをしてうつむいた。そっと彼の右手を見つめる。若葉はどきどきした。左手の指先で彼の右手へ触れ、うかがうように彼を見上げた。
「何だ?」
 冷たい言い方ではなかった。若葉は泣きそうになりながら、「手、握ってもいい?」と尋ねる。潮は少し驚いたようだが、すぐに、「あぁ」と言ってくれる。若葉は左手で彼の手を握り、さらに右手も重ねた。嬉しくて、前後に振ると、彼は苦笑する。
「子どもっぽい」
 若葉はその言葉を聞き流して、潮の大きな手を握り続ける。今朝の思いがあふれてきて、若葉は今すぐにでも、「好き」という気持ちを伝えたくなる。
「……うーちゃん」
 小さく呼びかけると、潮も若葉の名前を呼んだ。
「若葉、あとでアイス食べに行くか?」
「うん!」
「で、何?」
「あ、うん、俺も、誘いたかっただけ」
 若葉は手を放し、牧のところまで足早に歩く。あふれそうになる思いを胸に留めて、今夜、告白しようと決めた。

 遅い昼食の後、牧に家まで送ってもらい、お泊りセットを準備した若葉は、約束通り、潮と出かけた。道の駅までバスで向かい、ベンチに座ってアイスを食べる。セミの声は一時期よりずいぶん弱々しくなっていた。若葉はチョコレートアイスを頬張りながら、隣で携帯電話をいじっている潮を意識する。
 今日はゲームをしているわけではなく、メールを打っているようだった。いけないと思いつつ、誰にどんな内容を書いているのか、とても気になってのぞき込みそうになる。
「うーちゃん、俺にもメールして」
 もやもやする気持ちから言葉を吐くと、潮が視線を上げた。
「え、おまえに? つーか、おまえ、携帯、持ってきてないだろ?」
 若葉はくちびるをとがらせる。
「持ってきてないけど、後で見るから、メールしてよ」
 携帯電話が必需品ではないため、若葉はよく部屋に置き忘れてくる。潮が保存した若葉の番号とアドレスは会田が教えた。自分から潮に番号とアドレスを交換しようと持ちかけておいて、実際には携帯電話を持ってきていなかった。あの時は潮から届いているメールを、家に帰ってから見るのが楽しみだった。それを思い出して、若葉は潮に頼みこむ。
「ねぇ、送って」
「送ってって、何も送ることねぇだろ? 今ここでしゃべればいいんだから」
「じゃあ、可愛い絵文字とか顔文字、送って」
 潮はわざとらしく大きく溜息をつく。
「はいはい。送りました」
「何、送ったの? 見せて?」
 若葉が潮の携帯電話をのぞこうとすると、彼はさっと隠した。
「後で見るんだろ?」
「今日は『むすび』に泊まるから、明日しか見れない」
「じゃあ、明日見れば?」
「意地悪っ」
「わがまま」
 若葉は潮を睨んだ。だが、彼には睨んでいるように見えないらしい。白い歯を見せて笑い、頬を突かれた。
「チョコアイスがついてる」
 若葉が左手で左頬へ触れて確認すると、潮の指先がその手を導く。
「ここ」
 若葉はべたついた部分に触れながら、潮の瞳やくちびるを凝視した。急に恥ずかしくなり、「トイレ行ってくるね」と言って、立ち上がる。


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