わかばのころ19/i | ナノ


わかばのころ19/i

 二度寝してしまい、起きた時には潮の姿はなかった。若葉は起き上がり、バスルームで顔を洗う。寝癖ではねている髪を押さえ、水で濡らした手で触っていると、換気のために開いている窓のほうから声が聞こえた。網戸を開けて下を見ると、潮が牧の仕事を手伝っている姿が目に入る。
 若葉は寝癖を押さえていた手を放してみた。すぐに髪がはねる。溜息をつきながら、階下へ行くと、ランチを食べている客の姿があった。若葉は村内の顔見知りの人達にあいさつをしながら、キッチンへ入る。
「慎也おじさん、おはよう」
 ガスの火を弱めた会田が、フライパンを動かす手を止めずにあいさつを返してくれる。
「おはよう。よく眠れた?」
「うん」
 会田が作業台の上に置かれている皿へ、手早くシャケとホウレンソウのクリームパスタを盛りつけた。重たそうな二皿を軽々と持ち、彼はキッチンを出ていく。若葉はキッチンから裏庭へ出た。
「おう、若葉」
 牧が軍手をした手を挙げる。潮は真剣に電動のドリルドライバーを使って、板と板を固定している。
「何、作ってるの?」
「んー、植木鉢を置く台? こういうやつだ。安田さんに相談されてなぁ。こういうの作れたら欲しいって言われて」
 牧が裏庭のテーブルに置いてあった雑誌の切り抜きを見せる。三段になった植木鉢台が写っていた。
「すごいね。要司おじさん、写真見ただけで作れるの?」
「いや、まさか。ちゃんと、作り方が載ってある本を見て、真似てるだけだよ」
「要司さん、終わった」
「おう」
 潮が汗を拭きながら、こちらへやって来る。若葉は寝癖が気になって、つい手で髪を押さえた。
「若葉、ぐっすり寝てたな」
 潮がそう話かけてくる。若葉はあいまいに頷きながら、彼の瞳から視線をそらした。意識し過ぎて、きちんと目を見ることができない。
「若葉?」
 いつもと様子が違うことに気づいたのか、潮がさらに近寄る。
「頭、押さえて、どうしたんだ? あ、ベッドから落ちたのか?」
「っ違うよ」
 思わず手を放して、潮を見上げると、彼はぴょんとたち上がった若葉の髪を注視して笑った。
「おまえでも寝癖なんか気にするんだな」
 わざとらしく、若葉の寝癖を外側にはねさせる。
「わっ、やだよ! もっと跳ねちゃう!」
 両手で髪をかばい、若葉はその場から駆けた。台のフレームを確認している牧のそばへ逃げる。
「どうした? 意地悪されたのか?」
 牧は笑いながら、手元を確認している。若葉は潮が追いかけてこないで、そのまま裏庭の花壇を見ている姿へ視線をやりながら、小さな声で聞いた。
「要司おじさん、俺、今日も『むすび』に泊まっていい?」
 あと一週間も一緒にいられない。そう思うと、若葉は泣きたくなる。もっと潮と一緒にいたかった。
「あぁ、もちろん。あとで上まで送るから、その時、着替えをとっておいで」
「うん!」
 若葉は軽い足取りで花壇を見ている潮へ近づいた。


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