わかばのころ15/i | ナノ


わかばのころ15/i

 若葉は潮の左手をつかむ。彼はかすかに驚いていたが、咎めはしなかった。
「ねぇ、指輪とかどうしたの?」
「別に。殴る相手もいねぇから外した」
「殴る?」
 武骨な拳を握りながら尋ねる。自分の手とはまったく異なる手だ。若葉の手も畑仕事で鍛えられ、汚れているが、潮の手はもっと節くれだっていた。
「指輪、つけてたら、あんま力入れなくても相手は傷つく……でも、ここじゃ、必要ないと思って外した」
 若葉は潮の手を握り、ぶんぶんと上下に振った。
「何してんだ?」
「手、つないでるだけ」
 若葉は笑いながら言った。ここには殴る相手がいないと言った潮の言葉が嬉しかった。つまり、ここには彼の味方しかいないと、彼は判断したのだ。
「おまえさ……」
 セミの声がひときわ大きくなる。若葉は手を放して、先に進んだ。源流部までは遠くない。平瀬になっている川は、水量が極端に少なく、石が転がっていた。その石の上を歩きながら、奥へと進んでいく。セミの声がまばらになり、代わりに水が落ちる音が聞こえてきた。
 岩場で服を脱ぎ、水着だけになった若葉はそのまま川へ入る。川の縁の石には苔が多いため、滑らないように注意が必要だ。一度、潜って顔を上げると、潮がちょうどTシャツを脱ぎ捨てるところだった。
「あー、気持ちいいなぁ」
 潮もそっと中へ入ってきて、しばらく、川の中で体を浮かす。源流部の水はひんやりとしていた。若葉は幼い頃から、夏はここで川遊びをして過ごしている。小学校高学年の時には、体験学習の一環でイワナつかみもした。
 潮が潜っては必死にイワナ達を追いかけ回している。おかしくて声を出して笑っていると、濡れた金色の髪をかき上げた彼が、ぶすっとした表情でこちらを見た。
「おまえ、イワナつかみやったって言ってたけど、どうやってつかむんだ?」
「ここは無理だよ。秋に長雨が降ったら、あっちの平瀬まで水が流れ込むから、少し水かさが増える。そしたら、イワナも流れて、あっちで泳ぐようになって、そこを石で囲んでいって、皆で一斉に追いかけ回したら、疲れたイワナがとれるよ」
「人海戦術か。イワナ、塩焼きにしたらうまいだろうな」
「うん、すごくおいしいよ。秋はキノコとかクリもあるよ」
 若葉は縁に寄り、岩場の上に腰を下ろす。
「……うーちゃん、秋もここにいたらいいのに」
 小さく漏らした言葉は流れ落ちる水音に消え、潮にまでは届かなかった。どうして、牧達のところにあずけられているのか、きちんと聞いたことがない。夏休みの間だけ、と言っていたから、二学期が始まる前には帰るだろう。最初は彼のことが苦手だった。だが、一緒に出かけたあの日から、口ではきついことを言っても、若葉の歩く速度に合わせ、若葉のことを待ってくれる。
 何度か夕飯を食べていくこともあり、潮は若葉の家族からも絶大な信頼を得ている。だが、二階の若葉の部屋で漫画を読んだり、携帯電話でゲームをしたりしている時は、高校のクラスメート達と大差ない。
「若葉!」
 若葉は岩場を一段上がって、足だけ川の中につけていた。背中や腕が太陽に焼かれる感覚にしかめっ面になる。潮が川面を叩くようにして水をすくい、若葉の上半身に水をかけた。
「わっ!」
 すでに頭から濡れていたが、乾き始めていた髪がまた濡れる。
「おまえと思案顔は全然合わない組み合わせだな」
 潮が意地悪く笑ったため、若葉は立ち上がる。
「どういう意味?」
「若葉は単純だって言ったんだ」
 若葉は頬をふくらませ、潮のほうへ向かって飛び込む。縁から五メートル辺りから急に深くなるため、上から飛び込まなければ川底に当たることなはい。


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