わかばのころ9/i | ナノ


わかばのころ9/i

「潮!」
 かなり近づいて右肩に手を置くと、驚いた潮が煙草を落とした。若葉は慌てて、煙草の火を踏みつける。
「おい! 何すんだよっ」
「……葉っぱに燃え移って火事になるかもしれないよ?」
 怒鳴られた若葉は体をすくめながら、潮に説明した。彼は小さく舌打ちしたが、セミの声がうるさく、若葉には聞こえなかった。
「潮は十七歳なのに煙草、吸うの?」
「あぁ?」
 声を張り上げられて、若葉は泣きそうになった。くちびるを噛み締めて、火の消えた吸い殻を持ち上げる。何もしていないのに怒鳴られる理由が分からず、若葉は緊張していた。牧は怖くないと言っていたが、若葉にとっては十分怖いレベルだ。
 だが、吸い殻を持ち上げると、潮が意外にも携帯灰皿の袋を開いた。若葉はおそるおそる袋の中に吸い殻を入れる。彼はそれをポケットへ突っ込んだ。やっぱりいい人なんだ、と視線を上げると、彼は眉間にしわを寄せている。仲よくしようと思い、声をかけた。
「あの、潮、よかったら、うちでお昼、食べる?」
 潮は無視して、若葉に背を向けた。彼は舗装されていない道を下り始める。若葉は彼を追うが、今日も長靴を履いていたため、つまづいて転びそうになった。思わず目の前の彼の左腕をつかむと、彼が体を振った。反動で若葉は左肘から砂利の上に転ぶ。
 大きな声を上げたつもりはないが、若葉は悲鳴を漏らした。転んで泣くなど、めったにない。だが、痛いから泣くのではない。転ぶ寸前に潮に振り払われたことが嫌だった。何もしていないのに、拒絶されることは苦しい。
 潮は若葉が泣き始めたことに驚き、尻もちをついている若葉の肘を見た。
「何だ、かすり傷だろっ、何で泣くんだよ?」
 若葉は自分が甘やかされてきたことを知っている。周囲にはいつも優しい人間がいる。一方的に嫌われていても、そうと確信を持てるほど激しい態度を取られたことはない。自分が悪いなら分かる。だが、今のは何が悪いか分からない。存在じたいに舌打ちされているのと同じだ。
 それを説明することができず、若葉は、「一緒にごはん食べて」と泣き叫んだ。若葉の持つ生来の性格として、人間関係の摩擦を極端に避けるところがある。競うことが苦手で、自分が足手まといになると感じたら、すぐに輪から抜けた。小学校も中学校も一クラスしかなく、競争の場面というのはあまりなかった。だが、たとえば、中学の時、調理実習の最中に包丁すらまともに使えず、材料を落としてしまった若葉に、周囲の反応は冷たかった。
 皆、怒っているわけではなかったが、いらいらしていた。だから、若葉は自ら片づける係になると言って、調理には参加しなかった。初めて会田から包丁を持たされた時、若葉がどれくらい嬉しかったか、誰にも分からないだろう。指を切ってしまい、すぐに手当てをしてくれた会田が、痛みから泣いているのだと勘違いして、一生懸命励ましてくれた。
「泣くなよ。痛いのか?」
 左腕を引っ張った潮が、肘の傷を見てくれる。家に入ってこない若葉を心配した母親が、玄関から出てきた。若葉達は山中へ向かう道の途中にいて、母親は最初、『むすび』のある方角を見てから、こちらを振り返った。
「若葉?」
 若葉は涙を拭う。
「どうしたの? 転んだの?」
 潮が見ている肘を見た母親は、小さい子どもを抱えるようにして、若葉を立たせた。
「あーあ、泥がついちゃったわね。もう、遅いから見にきてみたら……いらっしゃい」
 若葉は母親に続く前に、潮の手を引いた。彼は驚いた様子で、思わず足を踏み出す。
「あのね、潮も一緒に食べる」
「そう。潮君、下から上がってきたの?」
 母親に聞かれて潮は頷いた。
「潮はね、たばっ……」
「散歩に来てたんです。こういう道を歩いたことがないから」
 外見を裏切るほど落ち着いた声に、母親はすっかり信頼した様子でほほ笑んだ。


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