わかばのころ4/i | ナノ


わかばのころ4/i

 夏休みの最初から宿題を始めるほど、若葉は計画的な人間ではない。朝は祖父達と田んぼへ出て、昼からは『むすび』で会田の手伝いをしていた。夜は夕飯を食べた後、すっかり疲れて、すぐに眠ることができる。友達から何度か遊びに誘うメールが来ているが、若葉は言葉を濁して返していた。
 風呂に入り、濡れた髪を乾かすことなく、バスタオルで拭きながら廊下を歩くと、居間から両親達の声が聞こえてくる。扉を開けて中へ入ると、さすがに冷房が効いていた。祖母の漬けたグレープフルーツがテーブルに置いてある。若葉はバスタオルをソファの背もたれへかけて、皆が座っているじゅうたんの上に正座した。
「いただきまーす!」
 手を伸ばすと、母親からスプーンを持たされる。
「こら、素手で、はしたない」
 若葉は笑って、彼女から持たされたスプーンを手にグレープフルーツを頬張る。
「若葉はいつも何でもおいしそうに食べるね」
 祖母の言葉に若葉は頷く。
「だって、おいしいもん」
 毎年のことではあるが、Tシャツや短パンから伸びた若葉の手足は健康的に日焼けしていた。遺伝なのか身長はそれほど高くないものの、細く長い手足にはそれなりに筋肉もついている。遠目に見るとスポーツに打ち込む女の子に見えるのか、時々、間違われるが、若葉はあまり頓着していない。
「あんた、友達と遊びにいかないの?」
 中学の時は地元の同年代が五人ほどいた。相馬地区内で会えるから、市内まで出ずに済むため、道の駅や地元の商店街辺りまでなら、若葉も多少は付き合っていた。高校へ進学してからは、皆、市内や都市部の全寮制高校へ進んだため、あまり連絡を取っていない。もちろん、夏休み中は帰省していると思う。ただ、若葉は自ら連絡を入れるほど積極的ではなかった。
「あー、連絡あったらいいけど」
「北稜(ホクリョウ)の子らは?」
 高校の友達に会うとなると、どうしても市内まで出なければならない。
「誰もここまで来ないよ。単線だし、遠いし、何もないし」
「若葉が遊びにいったらいいだろう?」
 父親の言葉に若葉は頬をふくらませる。
「嫌だよ。人、いっぱいだし、迷子になるし……へ、つまんない」
 若葉は慌ててグレープフルーツを口へ入れた。変な人がいる、と言いかけて、祖父母や両親の前で昔の恐怖を思い出す必要がないと気づいた。たった一回だけのことで、母親がすぐに助けにきてくれた。まだ恐怖を覚えているのだと知られたくない。
「つまんないって、おまえ、変わってるなぁ。こんな田舎のほうがいいなんて、若葉くらいだろ」
 祖父が声を出して笑う。つられて皆が笑った。ここにずっといたい。皆、若葉より先にいってしまう。そのことを考えるだけで涙がにじみそうになったが、若葉は笑った。いつかお嫁さんが来て、その人がここに暮らしてくれたらいいのに、と思った。高校のクラスメート達の顔を思い浮かべる。まだ恋には早いのか、一緒に暮らしたいと思える女の子を思いつかなかった。

 朝方の間に収穫した野菜を持って、麦わら帽子を被った若葉は緩やかな坂道を車で下っていた。母親の運転で、祖父母達は病院へ定期健診へ行く。途中、『むすび』の駐車場へ停車して、若葉はひざの上にあったダンボールを抱えた。
「奥村さん、こんにちは」
 『むすび』の営業時間は十一時から十九時半までのため、ランチの仕込みをしている会田ではなく、牧が出てくる。


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