わかばのころ3/i | ナノ


わかばのころ3/i

 玄関ではなく縁側へ回る。昼間の熱さが残っており、縁側には蚊取り線香がたかれていた。セミの声が響く。十七時頃になれば、おそらくヒグラシの声に変わるだろう。
 靴を脱ぎ、縁側から中へ入る。台所から母親の声が聞こえた。居間の扉を開けると祖母がグレープフルーツの皮むきをしていた。
「あぁ、若葉。おかえりなさい」
「ただいま。慎也おじさんにケーキもらったよ。じいちゃんは? 田んぼ?」
 扇風機がグレープフルーツの香りを拡散している。
「何、作るの?」
「砂糖漬けにして冷やしたら、うまいだろ? 会田さんに電話しておこうね。いつも色々頂いて」
「若葉、田んぼ行くなら制服、着替えて、あ、シフォンケーキじゃない? 会田さんの?」
 居間は半分和室で、半分洋室の造りだ。最初は洋室だったが、祖母が畳に座りたいと言い、畳タイプの床を敷き詰めてある。若葉も畳にあぐらをかいて、祖母のむいたグレープフルーツを一つつまんだ。
「こらこら」
 若葉は祖母に笑いかける。
「俺、じいちゃん、手伝ってくるね」
 玄関へ回り、二階へ続く階段を駆け上がる。二階は若葉と両親の寝室がある。ベッドの上に制服を脱ぎ捨て、ジーンズとTシャツを着ると、若葉はまた階段を駆け降りた。玄関で運動靴ではなく、長靴を履く。麦わら帽子を手にして外へ出た。今の時期は田んぼに入れる水の調整が主で、祖父は溜池のほうにいると思われた。
「いってきまーす」
 引き戸になっている玄関扉を開けて、若葉はムウの首輪を外した。家の裏手から斜面になっている道を歩くと、ムウがうしろからついて来る。通常の道は遠回りのため、危ないと怒られても、誰も見ていない時は、斜面を滑るように歩いていた。
 田んぼを囲む水路を水門のほうへ歩いていくと、麦わら帽子を被った祖父の姿が見える。
「じいちゃん、手伝うよ」
「おう、帰ったのか。早くないか? 学校は?」
「明日から夏休みだよ。毎日、手伝えるね」
 忙しい田植えと収穫の時期しか若葉の出番はない。だが、若葉はゆくゆくは家業を継ごうと思っている。七十代の祖父母と五十代の両親を残して、外へ出ることは考えられなかった。若葉の成績はよくも悪くもない。家族は進学して欲しいと思っているようだ。ただ、若葉は大学へ行きたいと思えない。都会に行くことに抵抗感があった。
 昔、両親と市の中心にある街へ出かけた時、人の多さに気分が悪くなったことがある。若葉は昔から人よりテンポが遅く、物事はちゃんと理解しているが、要領が悪い。学校生活という他人と関わらざるを得ないところでは、時おり、皆がいらいらとしていることは知っているが、容姿のおかげで摩擦が生じることは少ない。
 自分の外見が可愛らしいと称されることに嫌悪はない。外見だけではなく中身もそうとう幼い、と言われたが、若葉はあまり気にしていない。都会が嫌なのは、両親と出かけた時に変質者に声をかけられ、危うく連れ去られるところだったからだ。母親が気づいてすぐに引き離してくれた。それ以降、外は怖いところ、という認識があり、若葉は相馬地区から出ようとは思えない。
「遊びにいけばいい。毎日、田んぼじゃ、つまらんだろ」
 祖父はそう言って、畑のほうへ歩き出す。
「『むすび』に行くもん」
「おまえは、もっと同年代の友達、作らんとなぁ」
「いるよ」
 高校は一学年に二クラスしかないため、皆、互いを知っている。仲のいい友達も数人いる。だが、会うとなると市内になる。若葉はすでにプールの誘いを断っていた。


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