わかばのころ2/i | ナノ


わかばのころ2/i

 パスタの後、ドライフルーツの入ったケーキを食べ終わった若葉は、カウンター席から下りて自分で食器を下げた。キッチンへ入り、広めの流し台へ食器を置く。軽く流して食洗機へ並べた。
「今日は俺が送ろうか?」
「うん!」
 キッチンから裏庭へ続く勝手口が開いていて、ベンチに腰かけた牧が顔をのぞかせる。彼はベンチに座っていたが、手には木材を持っていた。
 裏庭には牧が、「男の仕事部屋だ」と教えてくれた小屋がある。彼は十代の頃から左官として働いていて、その知識や経験を使って、このログハウスを建てた。時おり、村の人間達のために修理や補修を請け負っている。相馬地区は高齢化が進み、彼のように器用で何でもこなせる人間は非常に重宝がられていた。
 若葉が自分を、「僕」ではなく、「俺」に変えたのは会田と牧に出会ってからだった。ある時、雨漏りがする家の屋根修理を頼まれ、牧が仕事をするところを会田と一緒に下から見上げていた。
「慎也おじさんは要司おじさんが落ちたら、どうしようって怖くならないの?」
 その日は風も強く、下から見ていると飛んでいきそうな気がした。会田は若葉の問いかけに笑みを浮かべてこたえてくれた。
「ならないよ。俺は要司さんを信じてるからね。彼は一流の魔法使いだ」
 牧は一時間もかけずに補修を終えて、会田が支えるはしごを使い、若葉の前に立った。
「どう、俺の仕事っぷり」
「カッコイイ!」
 若葉は雨漏りに困っている家の屋根を修理した牧と、彼のことを見守る会田を見て、二人のようになりたいと思った。
「明日から夏休みってことは、しばらく下りてこないのか?」
 緩やかな坂道を車で移動する。若葉のひざの上には、会田から持たされたシフォンケーキがあった。
「そんなことないよ。俺、慎也おじさんに庭の手伝いするって約束したからね」
「そうか。悪いな、おまえのところも、忙しいだろ?」
 若葉の祖父母は今年で七十三になる。まだ二人とも驚くほど元気だが、若葉は高校を卒業したら、家業を手伝いたいと考えている。米農家といっても大規模なものではなく、田んぼ四反と畑二反程度の大きさだ。収穫した米や野菜はふもとの農業組合から道の駅で直売しているが、家族がつましく暮らせる程度の収入で、父親の収入がなければ苦しい。若葉は経済事情のことはよく知らないが、家の手伝いをするのは大好きだった。
「大丈夫。それにおじさん達のとこへ行くのは、俺が行きたいからだよ。庭の手伝いは、ついで」
 右折した後、車が停まる。牧が笑った。
「若葉は慎也の料理に弱いからなぁ」
 牧の視線がひざのケーキに落ちる。
「夏休みの目標! おじさんの分まで慎也おじさんの手料理を食べつくすこと!」
「変な目標、立てんなよ」
 若葉は声を立てて笑い、ドアを閉めて礼を言った。
「皆によろしく」
 最初の頃はこうして送ってもらうたびに、家から誰かが出てきて、頭を下げていたが、会田も牧も恐縮するから、と出迎えはやめるようになった。柴犬のムウだけが尻尾を振ってこちらを見ている。牧が運転する軽トラックを見送り、若葉はムウの頭をなでた。
「ムウ、ただいま」


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