ふくいんのあしおと 番外編12/i | ナノ


ふくいんのあしおと 番外編12/i

「罰なんかない! すぐ行くから、そこにいろ!」
 和信は自分がどこにいるのか分からなかった。目を開けても暗闇で、手を伸ばしても自分の手が見えない。一人で泣いて、しばらくすると、朝が来る。しだいに明るくなる外を見ながら、和信は同じ空の下にいる朝也のために呼吸を繰り返した。気が狂いそうなほど寂しくなると、岸本へ連絡をした。それでも夜はまた一人になり、冷たい布団へ体を横たえる。
「和信がいい」
 子どもみたいに笑った朝也が大きな体で抱き込んでくれる。彼の腕の中にすっぽりとおさまり、和信はとても安堵した。まるで彼がすべてから守ってくれるみたいだ。
「和信!」
 切れていなかった携帯電話から、朝也の声が響く。昔、同じようなことがあった。彼は一生懸命、話しかけてくれる。必死な声に和信はほほ笑んだ。自分なんかのために、ここまで必死になる彼がかわいそうだと思った。働き盛りで、誰もが羨むような会社に勤め、高級マンションに住んでいる。料理も上手で、社交性もあり、容姿も整っている。重りみたいに、彼を拘束しているのは自分の存在だ。
 和信は電話を切って、電源を落とした。仰向けの体を立たせて、鞄を探す。アナルの痛みに顔をしかめながら、鞄とコンビニの袋を拾い、駅のほうへ歩き出した。通りへ戻ると、ちょうどタクシーがハザードランプを出して停まる。
「和信っ」
 朝也が慌てて道路を横断した。まばらに人がいるにもかかわらず、彼は何も気にせず、和信の体を抱き締めてくる。
「どうした? 顔色が悪い。何があった?」
 広い胸の中で朝也のにおいを意識した途端、和信は泣きそうになった。だが、また彼を縛りつけてしまうと思い、歯を食いしばる。定時で上がり、自分のために夕食の用意をして、少しでも遅いと心配して電話をしてくる。そして、こんなふうにすべて投げ出すみたいに、おまえが最優先だと言わんばかりに駆けつけてくる。
 和信の頬に熱い涙がこぼれた。こんなにも愛されているのに、どうして疑うのだろう。彼は何があっても味方でいてくれると言った。
「ともや……」
 こわい、と続けると、朝也はすぐに和信の体を抱えてくれた。停めてあるタクシーへ戻り、家へ向かうように告げている。
「すぐに家に帰ろう。俺がいるから。もう大丈夫だ」
 タクシーの中で和信はずっと朝也に抱かれていた。マンションの前に着き、タクシーから出た後も、部屋まで彼は軽々と抱えてくれる。まだ住み始めて一年足らずだが、部屋に入るととても安心した。彼はソファへ和信を下ろし、水を運んでくる。
「……シャワー、あびたい」
「分かった。一緒に入る」
 和信が朝也を見上げると、彼は有無を言わせない強い瞳でこちらを見返していた。和信は立ち上がり、バスルームで服を脱いだ。下着についた少量の血に、彼がすぐに手を伸ばす。手が震えると、抱き締められた。
「何があった?」
 和信は小さく首を横に振る。朝也を信頼している。だが、本当のことを言うのは怖い。
「和信、俺は絶対におまえを守る」
 朝也は和信の足元にひざまずいた。和信は一度、目を閉じて、覚悟を決めた。うやむやにしていた体を売っていた話を始める。自分の意思ではなかった。だが、母親の役に立ちたかった。自分でも触れたくない部分を口にするのは、痛みが伴うことだった。
「母親に許して欲しいって、どういうこと?」
 優しく聞かれて、和信は小さな声で、母親の恋人の話を始める。


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