ふくいんのあしおと 番外編11/i | ナノ


ふくいんのあしおと 番外編11/i

 駅へ続く道からそれて、和信は男に体を押さえつけられていた。
「久しぶりに見たなぁ。かわいい顔してるから、覚えてた。その制服、そこのピッキング工場の?」
 男はそう言って、服の間から指先を入れてくる。
「……いくら?」
 指先から徐々に震えが上がり、全身へと広がる。母親の声と初恋の男の声が重なった。おまえが悪いと言われる。逃げなくては、と思うのに、思うだけで体が動いてくれない。男の指先が頬をなでていく。
「っと、あ、とも……」
 朝也の名前をここで出しても、彼がここまで助けにこれるはずがなかった。自分の足で彼のもとまで帰らなければならない。
「え、何? 何て言ったの?」
 男が顔を近づける。和信は必死に口を動かした。自分でも何を言っているのか分からない。泣きながら、ただ謝罪しているだけだ。男が肩を抱くようにして、外灯の届かない場所へ誘う。
「っや、あ、とも、いやっ」
 小さな声で拒絶しても、男には通用しない。
「本気で嫌がってるように見えないな。あ、そうだ、いいもの見せようか?」
 青白い光を放つ携帯電話のディスプレイに、写真が表示された。
「これ、俺のズリネタの一つになったよ」
 そこには自分がいた。男の精液にまみれた自分の顔が写っている。
「なぁ、一発やらせてくれたら、この写真、削除してもいいぜ?」
 和信は泣きながら、薄暗い道を奥へと逃げる。鍵のかかったドアに行きあたり、男が笑った。もう朝也以外、受け入れたくないと思っていた。その願いはむなしく、下着ごとジーンズを下ろされる。呼吸が上がり、幻聴がひどくなった。男が、「本当に嫌だったら、本気で逃げるよな?」と背後で言った。
 物欲しそうに見ていた、おまえから誘った、という言葉が次々によみがえる。誘惑したくせに、被害者みたいな顔、と言った母親の言葉も思い出した。罰を受けなければならない。朝也と幸せに暮らすことはできない。今の生活も、彼の犠牲で成り立っている。自分は罰を受けなければいけない。
 ゴムだけをつけて、男は無理やりペニスを押し込んできた。和信が声を漏らさないように左手で口をふさがれる。疲労している朝也の顔が浮かんだ。疲れさせているのは自分だ。
 乱暴で一方的な行為を終えた男が、仰向けに倒れている和信へ声をかける。
「携帯に連絡先、入れといたから、連絡したら来いよ」
 和信の手に置かれた携帯電話が光り始める。和信はすぐに出ることができなかった。月明かりも外灯もない暗闇の中で、涙を流しながら笑う。きっと朝也が知ったら、敬也のように裏切り者だと怒る。そして、裏切った罰を受けないといけなくなる。だが、それも自分が悪いからに他ならない。
 手の中でまた携帯電話が光った。和信はゆっくりと携帯電話を開き、通話ボタンを押す。耳に当てる前に、朝也の声が聞こえてきた。
「もしもし? 和信? いつもより遅いけど、どうした? 今、どこ?」
 優しく心配する声に、新しい涙が流れる。
「どうした? 泣いてるのか?」
 朝也の焦った声と物音が響く。
「今すぐ迎えにいく。どこにいるんだ?」
 和信は朝也に来てほしいという気持ちと、自分の姿を見てほしくないという気持ちの間で揺らいだ。朝也は自分を罰しにくるのだろうか。すでに痛みの消えている臀部の火傷痕がかすかに痛み出す。
「ともや、おれ、ばつをうける?」
 朝也はタクシーをつかまえたらしく、工場の最寄り駅を告げる声が聞こえた。
「和信」
 息を切らしながら、朝也が言葉を吐き出す。


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