ひみつのひ番外編13 /i | ナノ


ひみつのひ 番外編13/i

「分かった、座れ」
 祖父の言葉に智章は素直にソファへ戻る。ライトブラウンの瞳が厳しい色で智章を射た。
「後継者になると言い出したのは、ミノルのためか?」
「あなたの後継者は父ですよ」
「私はおまえを後継者にするために、おまえ自身に投資してきた」
 智章は祖父の瞳に自分の中にある歪んだものを見て、静かに言った。
「稔へ手を出したら、絶対に許さない」
 祖父は溜息をつき、大きく両手を挙げた。
「分かった。彼も連れていけ。ただし、大学を出れば、おまえは私のもとで正式な後継者として働かせる」
「結構です。その力はあると、自分でも分かりますからね」
 智章は応接間を出た後、思わず顔をほころばせた。自分が正式な後継者になることは周知の事実だったが、こうしてきちんと祖父の口から言質が取れれば、母親を黙らせることができる。
 祖父の屋敷から実家へ戻り、智章はさっそく母親を大広間へ呼んだ。稔が座っていた席に腰を下ろし、テーブルの上を手でなぞる。稔は言葉を濁していたが、母親が彼に書くように脅迫していたのは、自分達の一週間だった。彼は母親からさんざん言葉で脅され、責められ、最終的に彼女の思い通りの言葉を紙に書いたようだ。
「あら、菅谷君は来てないのね」
 智章は指先でテーブルを叩く。
「どうぞ、椅子にかけてください」
 智章が笑みを浮かべて言うと、母親は嬉しそうに席に着いた。智章が幼い頃から母親としての役目を果たさなかったくせに、彼女は智章によい息子であることを望んでいる。腹立たしいを通り越して、馬鹿だと思った。智章の中にある家族という名の絆は、とっくの昔に枷でしかなくなった。
「あなたもご存知かと思いますが、大学卒業後はおじい様のもとで働きます。あの方は俺を正式な後継者として育てている」
「ええ」
 智章は両手の指先を交互に組み合わせた。
「そして、稔は公私ともに俺のパートナーであり続ける」
 母親の顔が醜く歪む。智章は笑みを浮かべた。
「彼は優しいので、あなたをかばっていました。だが、俺はあなたがしたことを許しません。彼の書いたものをすべてここへ出してもらえませんか?」
「自分で進んで書いたのよ。あなたを誑かしたと言ってたわ」
 智章は小さく息を吐く。
「俺が座っている間に持ってきてもらえませんか?」
「あなた、騙されてるのよ。あんな子、藤家にはふさわしくないじゃない。男よ? 分かってるの? 孫の顔くらい見せて欲しいわ」
 母親の役目すら放棄したのに、彼女の口から孫という言葉を聞いて、智章は思わず吹き出した。
「おじい様はすでに稔を認めてくださいました。あなたが反対するのであれば、おじい様へ相談しなければならない。考えてください。次期当主は誰なのか。俺はあなたにみじめな生活をさせたいとは、まだ、思ってはいない」
 美しく手入れされている指先が怒りで震えていた。母親はぐっとこらえて、立ち上がる。一度、大広間を出た彼女は、手に茶封筒を持って戻ってきた。テーブルの上に置かれた封筒から中身を取り出す。稔の字でつづられた文章に、智章はA4サイズの紙を握り締めた。
 だいたいの話は稔から聞いている。二人の仲は稔から始めたことであり、智章を誑かしたのだと書け、と言われたと言っていた。書かれている内容はその通りだが、日付や時間まで細部にわたり記され、ベッド上での行為についてまで書かされている。いちばん古い紙には、自分達の関係の非はすべて彼にあり、慰謝料を請求されても、当然であると署名入りで認めてある。


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