ひみつのひ番外編12/i | ナノ


ひみつのひ 番外編12/i

「母が何を言ったか知らない。だけど、おまえは何も怖がらなくていい。怖いのは俺のほうなんだから。おまえに見限られたら……覚えていないだろうけど、まだ中等部の頃、おまえは俺の指を手当してくれた。こっちも見ないで、俺が誰かも知らないで」
 稔はやはり記憶にないようで、かすかに首を傾げる。
「俺だけを見て欲しかった」
 稔は静かに涙をあふれさせる。智章がその手にキスを落とすと、彼は小さいがはっきりとした口調で言った。
「どこにも行かない。藤を置いて、どこにも行かない。アメリカ、一緒に行くよ」
 智章が笑うと、稔は泣いた。彼をそのまま押し倒して、顔中にキスをする。
「ありがとう。稔は何も心配しないで。俺が全部何とかするから」
 制服を脱がせようとすると、稔の手が制する。
「俺も親に頼んでみる。それから、五時間目はサボっちゃったけど、六時間目は出るから、お昼、食べさせて」
 智章はしぶしぶ稔の上から体を起こす。
「母の件だけど、何を書かされたの?」
 昼食の入った袋を渡し、智章は椅子に座った。ベッドの上でおにぎりを頬張る稔は、お茶を一口飲んでから、何を書かされたのかを教えてくれた。
「でも、おばさんの気持ちも察してあげて」
「……分かった」
 智章は稔を安心させるために、彼の望む返事をした。だが、内心、母親のしたことを許せるわけもなく、冷酷な感情が智章を支配する。五時間目の休み時間に稔が教室へ戻った後、智章は妹へ電話をかけた。

 その週末、智章は稔に実家へ来なくていいと言い、自分だけが実家へ戻ることにした。母親へ話を切り出す前に、智美へこれまでの週末のことを確認した。彼女は稔と一度も買い物へ出かけていなかった。いつも通り、友達と出かけているだけで、もし智章に何か聞かれたら、稔と行ったと口裏を合わせるよう、母親から指示されていたのだ。
 家へ帰る前に祖父の屋敷へ寄る。祖父は時間に厳しい人間で、約束した時間に遅れると会わない、ということがよくある。智章は約束の五分前には、屋敷の応接間に入り、運ばれてきたコーヒーを飲んでいた。
「用件を聞こう」
 七十代には見えない祖父が、入ってくるなり、そう口を開いた。彼は流ちょうな日本語を話す。だが、智章と話す時は必ずロシア語を使った。智章の容姿は彼に似ており、昔からそのことがコンプレックスだった。
「セントデリス大学には行きません」
 智章がそう言うと、祖父は向かいに座り、足を組んだ。
「家を出ます。あなたが生きている限り、藤グループは安泰でしょう。その後のことを考えるなら、智美に任せたらいい。俺よりずっと男を選ぶ目を持っています。ちょうどいい婿養子くらい、簡単に見つかる」
 それだけです、と立ち上がると、祖父が笑った。
「脅しか、それは?」
 智章は振り返り、笑い返す。
「いいえ」
「スガヤミノルのためか?」
「はい」
 智章は脅しているわけではなかった。ただ、祖父の力がなくても、一人で会社を立ち上げて、稔と暮らすだけの将来を築く自信はある。彼もそれが分かっているから、よけいに何としてでも藤家へ縛りつけようとするのだろう。


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