ひみつのひ番外編8/i | ナノ


ひみつのひ 番外編8/i

 仕事の手伝いといっても、具体的なことは何もない。父親の会社へ行けば、彼の秘書について回り、祖父に呼ばれたら、取引先相手と食事をしたり、親戚の相手をさせられたりした。
 藤グループの事業展開はもともと祖父が始めた鉄鋼業から多角化し、現在は鉄鋼原材料を扱う資材部門と建築業に携わる営業部門がある。祖父はロシアでは中流階級にもほど遠い暮らしをしていた。留学していた資産家の娘である祖母と出会い、藤家の婿養子になる手続きを取った。
 祖父の金への執着はすさまじく、特に祖母が亡くなってからは藤鋼鉄株式会社を中核企業として様々な関係会社を立ち上げた。父親の結婚にも口を出し、資産家の娘である母親をめとらせ、資金源を確実なものにしている。智章にとっては祖父も父親も似た者親子だった。当人達はそれが気に入らず、祖父は父親の前でわざと彼を貶し、智章を褒める。
 智章はいつも期待以上を返し、他者が求める自分を演じることに慣れてしまった。それを苦痛に感じた時期を通り過ぎると、自分にとってどうでもいい人間には権力を振りかざすようになった。この学園で智章に刃向かう人間がいないのはそのためだ。
 だが、それが過ちだと気づいたのは、自分の知らぬところで稔がいじめられていたからだ。智章は知らなかったことを恥じた。結局、自分も祖父や父親と同じなのだ。金と権力に振り回されている。
 智章は、秀崇達と話して、笑みを浮かべている稔を見た。あの時、稔はケガをしたのが誰であっても手当していただろう。智章を特別扱いしたわけではない。彼にとって何でもない自分が嬉しかった。初恋の相手が自分だと聞いた時はもっと嬉しかった。自分の手を秀崇と勘違いしていたのは癪だが、今は相思相愛だ。
 智章はアメリカ行きの返事を思い通りにするため、連日セックスで落としている。秀崇から注意されているが、稔の顔色は悪くなる一方で、比例するように望んでいる返事ももらえない。その焦燥をセックスへ注ぎ込み、稔はますます弱くなる。
「悪循環」
 自分にもあの笑みを向けて欲しい。そのためには優しくするべきなのに、顔を見たら泣かせたくなり、一緒に行くと言ってくれない、と言い訳を並べてひどいことをする。
 稔は智章に何も求めない。期待をかけない。だから、智章は自然体でいられる。甘やかしているつもりで甘やかされているのかもしれない。
「稔」
 覆い被さるようにしてうしろから抱き締める。
「重い」
 稔が体を動かし、逃れようとした。その体を両腕で拘束する。周囲の喧騒が一瞬だけ消えた。智章はその耳元でささやく。
「どこにも行かないで」
 はっとして振り返り、目を大きく見開く稔に、智章は笑みを見せた。どこかに行くのは自分だ。勝手わがままをしているのは自分だ。智章は肩を落として、稔へ背を向ける。制服のポケットでずっと震えていた携帯電話へ出た。祖父からの呼び出しだった。

 裏門から待たせてある車へ乗り込もうとすると、「智章先輩!」と大声で呼び止められた。
「何?」
 呼び止めた生徒はネクタイの色から二年だと分かる。冬休みを目前にしており、三年が神経をいら立てていることは周知の事実だ。智章のように進学が決まっている連中でも浮かれないように気をつけている。智章は連日の呼び出しですっかり疲れていた。


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