ひみつのひ5/i | ナノ


ひみつのひ5/i

 智章が目の前に立った。冷たい視線が稔を見下ろしている。
「こっち」
 智章の右手が稔の肩をつかんだ。
「あ、あの」
 稔は何とか引きずられないように、足を前に出すが、智章は彼のペースでどんどん引っ張る。南にある美術室の横、おそらくいちばん人気のないトイレに連れてこられて、稔は泣きたくなった。
 前髪を捻ってヘアピンでとめている智章は、稔の肩をつかんだまま、個室の中へ押しこむ。
「え、あ、ふ、藤っ」
 二人入るように造られているはずがない個室は狭い。嫌でも密着してしまう。稔はつかまれた肩にある長い指を見た。よく見ると智章の肌は日焼け知らずの白さだ。そういえば、智章はクォーターだと誰かが言っているのを聞いたことがある。
「聞いてんの?」
「っつ……」
 肩に食い込んだ指に、稔は視線を上げた。
「おまえがとろいから、秀崇はもう外出届け、出した」
「っあ、行かないって断るから」
「遅い。チケットも買ってある」
 肩から手が離れる。代わりに胸倉をつかまれ、智章の端正な顔が近づいた。
「秀崇のこと、好きなんだろう?」
 薄暗いのに智章の瞳は明るいブラウンに見える。だが、その瞳は温かみなど一切なく、氷柱みたいに鋭い。
 稔はくちびるを噛み締めた。親友の悠紀にすら秀崇が好きなことを話したことがないのに、どうして智章は知っているんだろう。恥ずかしいという思いと惨めな気持ちが混在した。自分では智章に敵わない。それでも、好きという心は否定されたくない。
「そ、そんなの、俺の勝手だろっ。別に行かないよ。行かないから、もう離して」
 胸元のシャツを握っている智章の手をつかんだ。智章がより力を込める。
「認めろよ。あいつが好きなんだろう?」
 ぐっと首を絞めつけるように力が込められた。眼鏡のレンズの向こうで、智章の怒りの表情が見える。邪魔はしていない。それなのに、どうして彼は怒っているのだろう。稔には智章という人物が見えてこない。だからよけいに怖いと感じた。
「あいつのこと考えて、壁一枚向こうでオナってんだろ」
 智章には似つかわしくない言葉に稔は息を飲む。彼の左手がネクタイの先を滑り落ち、ズボンのチャックをなでた。
「正直に言えよ」
 右足と左足の間を、智章の手がまさぐる。稔はおそろしくて声も出せないでいた。実際、稔は秀崇のことを考えて性欲の処理をしていた。それがいけないことだと、いやらしいことだと理解しているからこそ、素直に認めるわけにはいかない。
「確かに、あいつのことをズリネタにするのはおまえの勝手だ。でも、それさ、あいつが知ったらどう思うかな?」
 智章が楽しそうに笑う。
「すがっちのクラス、俺の友達が多いんだよね」
 稔はくちびるを噛んでうつむいた。智章は自分に何を求めているんだろう。いいことではないのは確かだ。
「っあ」
 ズボンの上からペニスをつかまれた。
「オナニーしてみて」
 智章の視線が左にあるふたの下りた便座を指す。
「早く」
 鳴りだした予鈴の音さえもどこか遠くに聞こえた。頬をつたう涙を見られないように、稔はいっそう下を向いた。


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