ひかりのあめ 番外編7 | ナノ





ひかりのあめ 番外編7

 花壇の近くに突っ立っている俊治を見て、博人は何かあったのだと確信する。顔が見えた瞬間、拳が震えた。涙を拭った俊治が不要な謝罪を口にした。
 透かオーナーか。博人は冷たい怒りを沈澱させながら、自転車と俊治を抱えた。俊治の右目は腫れ上がっており、すぐに病院へ連れていったほうがいいと思えた。
 子どものように泣きながら、病院へもどこへも行きたくないと言う俊治を、すぐに抱き締めてやりたくて、博人は家路を急ぐ。
「もし、明日になっても痛みが消えないようなら、ちゃんと病院へ行って、診てもらおう?」
 傷の手当てをしながら言うと、俊治は小刻みに震えていた。
「大丈夫」
 震えている俊治の手を握ってやる。涙で濡れた頬へ指を伸ばすと、俊治が小さく言った。
「……か、からだ、汚いから、ふれ、ないで」
 汚い。誰がそんなふうに思うというのだろう。博人は泣いている俊治を目にすると、胸が締めつけられた。
 別れて、と言われても、もう手放す気はなく、オーナーの名前が出たことですべて合点がいった。それなのに、優しい俊治は自分に迷惑をかけまいと、つじつまの合わない話を繰り広げる。
 まだ頼ってもらえない自分の不甲斐なさは博人を本当に情けない気持ちでいっぱいにさせた。博人は何でも持っている。おそらく俊治の不安を取り除くことができるほどに強大な力も持っている。
 泣いている俊治が、幼い頃の自分と重なった。根気よく大丈夫、二人でがんばろうと言葉をかけ続ける。ベッドの上で横になっている俊治が、小さな声で尋ねてきた。
「博人さん、俺、あなたの恋人でいていい?」
 当たり前のことをそうだと思わない謙虚さは、実に俊治らしかった。博人は胸に広がっていく幸せな気持ちを噛み締めながら、言葉を返してキスをした。

 ミーティングの後、机上の資料を眺めていると、私用の携帯電話がポケットの中で震えた。博人は着信を確認してから、電話に出た。
「困った時だけ頼ってごめん」
 苦笑しながら言うと、相手は見返りは十分にもらったと言った。博人は時々、彼の複数あるフロント企業に自分が会社でしている仕事と同じようにアドバイスをする。業務で知り得た知識と情報を使えば、彼の会社にほんの少し利益を出すことは簡単だった。
「あのオーナーはご希望通り飛ばしたから」
 殺したわけではないことは博人にも分かっている。社会的に力を奪う方法はいくらでもある。もうあのバーでは飲めないが、博人は残念だとは思わない。いちばん守りたいものは手元に残っていた。
「ありがとう」
 電話を切って、立ち上がった。
「最近、顔がにやついてるけど、下も相当緩くなってるのか?」
 自分のデスクに戻ると、アレックスがからかいにやって来る。
「緩いかな? もうすぐ誕生日なんだ。何をもらえるか分かってるんだけど、嬉しくってね」
「何?」
 博人は資料から視線を上げる。
「ネクタイ」
 俊治は最近、よく自ら掃除するようになった。料理もできるだけ手伝ったり、作り方を学ぼうとしている。表情も明るくなり、自分を卑下するようなこともない。それはとてもいい変化だった。
「そんなの、もらい過ぎてただの飾りになってるだろう?」
 アレックスの言葉に博人はほほ笑んだ。基本的にネクタイ着用は個人の自由である為、博人自身、あまりネクタイは持っていなかった。だが、俊治からもらえるなら、毎日着用してもいいと思える。
 掃除の名目でクローゼットを開けて、シャツやネクタイを確認する俊治のうしろ姿は可愛かった。
「わ、また緩んでる」
 アレックスが呆れ顔で背を向けた。博人は初めて、誕生日を待ち遠しいと思った。

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