ひみつのひ1/i | ナノ


ひみつのひ1/i

 廊下を歩いている時だった。菅谷稔(スガヤミノル)は昼を食べ終えたばかりであと十分ほどある休み時間を有効に使うべく、図書館へ向かっていた。
「とーみねー」
 稔の背後から野太い声が響く。その声の先には遠峰秀崇(トオミネヒデタカ)の姿が見える。稔の片思いの相手だった。彼の隣には当たり前のように藤智章(フジトモアキ)がいる。稔は視線をそらして通り過ぎようとした。
「あ、菅谷」
 稔は秀崇に名前を呼ばれて立ち止まる。呼び止められてもおかしくはない。微かに笑みを浮かべて顔を上げる。
「今日、鍵忘れてきてさ、何時くらいに帰る?」
 秀崇は稔の同室者だ。少し垂れ下がった目尻の先にかかる髪を秀崇は長い指先でかき上げた。そういう仕種は彼の色っぽさを強調させる。きれいなのに嫌味がないのは、彼の性格が表情に出ているからだといえた。
 秀崇の隣にいる智章が、視界に入れるのも面倒という態度で、秀崇の制服のシャツを引っ張っている。寮に戻る時間を告げようと口を開く前に、智章が言った。
「すがっちの鍵、渡せば? どうせ図書館、閉まるまで帰ってこないよね」
 智章の言葉に間違いはない。だが、彼から鍵を渡せと言われるのは多少ムッとする。それが智章の長所だと言われればそれまでだが、稔は彼の馴れ馴れしい物言いが好きではない。すがっち、だなんて、まるで友達みたいに呼ばれる。だが、その声には親密さがない。表面的にとりつくろっているだけだ。きれいに包まれたトゲに気づき、それでも、稔は表情を変えずに、制服のポケットから鍵を取りだす。
「いいのか?」
「うん。藤の言うとおり、図書館行くから」
 寮の鍵にはペットボトル飲料のおまけでついていたマスコットがつながっている。秀崇は忘れているだろうが、中等部の頃、彼が気まぐれにくれたものだった。
「ありがと」
 秀崇は鍵をポケットに入れると、彼を呼び止めたクラスメートと智章を連れて教室のほうへ歩きはじめた。おそらく昼休みはあと数分で終わってしまう。稔も踵を返して、教室へと戻った。

 稔たちが学んでいる学園は中等部から高等部までの私立校で、ほぼ九割の卒業生が国立や有名私立大学へ進学している。よほど成績が悪いか、本人希望でない限りは中等部から持ち上がり、高等部には外部から試験を受けて入学する者もいる。外部生の数はひとクラス分、だいたい三十人から三十五人程度だ。まんべんなく各クラスへ振り分けられて、中間テストが終わるこの時期にはもう、外部生なんていう区別も呼び方もなくなる。
 稔は中等部一年と三年の時に秀崇とクラスメートになった。高等部に上がってクラスは違ったが、寮の同室者が彼だったことは、稔をとても舞いあがらせた。
 秀崇と智章は幼なじみで、学園内でも公認とさえいわれている二人の仲を裂こうなんて、稔は考えていない。ただひっそり彼のことを好きでいるのは許されるはずだ。菅谷、と苗字を呼ばれるだけで彼の世界に必要とされていると感じられる。
 同じ部屋になったことで、智章からの風当たりは強いが、そもそも稔と智章では比較のしようがない。稔自身、彼とは対極にあるような性格だと自覚している。容姿のことをいえば人それぞれ表現は異なるかもしれないが、彼には秀崇の隣がふさわしい。稔もそう思っている。


2

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -