あおにしずむ43/i | ナノ


あおにしずむ43/i

 昼頃にベッドから出たヤニックは、祖母がいるものと思い込み、キッチンへ顔をのぞかせた。だが、彼女は屋内にはいないようだ。一度、ロビーの部屋へ戻ると、テーブルに一輪、トゲを取った赤いバラが飾られていた。
 思わず笑って、窓から外を見ると、ロビーが客の相手をしているのが見えた。ヤニックはバスルームへ入り、洗面台の鏡を見た。
「うわ」
 泣いたせいでまぶたが腫れている。殴られていた頬も腫れていて、頬骨のあたりは紫色に変色していた。ヤニックはそっと顔を洗い、歯磨きをする。着替えさせてもらった記憶はないが、ロビーの古着を着せられていた。動きやすくていいと思う反面、太股から下には何もないため、スカートをはいている気分になる。
 扉を開けて、廊下へ出ると、ロビーが玄関から入ってきた。ヤニックは彼の姿を見た瞬間、抱きつきたい衝動を抑えられなかった。
「ロビー」
 Tシャツにチェック柄の長袖シャツを羽織っていたロビーは、太陽と汗のにおいがした。肘までまくり上げている袖が、土埃で汚れている。日焼けしているたくましい腕を見て、ヤニックはとてもどきどきした。
「どうしたの? どこか痛い?」
 心配する声にヤニックは顔を上げた。ロビーは腕で汗を拭って、痛々しそうにこちらを見下ろしている。
「痛くない。大丈夫」
 開け放たれている窓や扉を抜ける風は涼しいが、気温は二十五度を超えているらしく、ロビーはキッチンへ行くと、冷蔵庫から取り出したオレンジジュースを一気に飲みほした。ヤニックにもグラスへ注いでくれる。
「何か食べる?」
 もう一度、冷蔵庫を開けたロビーのうしろ姿を見ながら、ヤニックは顔が熱くなるのを感じた。今まで学校のことやティム達のことで悩んでいて、彼と一緒にいても、彼を好きだと思っても、特別に意識したことはなかった。だが、昨日、母親に学校を辞めると言ってから、心の重荷が消えたみたいに、ふわふわと浮上してくる感情を隠しきれない。
 昨日、眠る前にロビーへ好きだと告げていた。もちろん、彼と同じ意味で思っている。だが、彼をそれを理解しているかは分からない。彼はティムへ自分のことを愛すると言っていた。愛、という言葉はむしょうに恥ずかしくなる。それなのに、そのことを思い出して、嬉しく思っている自分がいる。
 ヤニックがあまりにも長い間、こたえなかったため、冷蔵庫をあさっていたロビーが振り返った。
「ヤニック?」
 我に返るとロビーの手が額へ触れた。
「すごく顔が赤いし、熱があるのかもしれないね。もう少し、ベッドで休もう」
 ロビーに促されて歩くと、スリッパの中で足が滑って転びそうになる。彼が驚いて、それから、ヤニックの体を横にして抱き上げてくれた。軽々と抱き上げられることを男として恥ずかしいと思うのに、大事にされていると分かることが嬉しくて仕方ない。
「ロビー」
 ベッドへ寝かされてから、ヤニックはロビーのズボンをつかんだ。
「俺、あなたのことが好きだけど、それは……そう言ったら、ここで仕事ができるからとか、そういうのじゃなくて、本当に、ちゃんとあなたのこと、好きなんだ」
 ロビーは大きな口を緩めると、少し垂れた目を細めて、無邪気な子どもみたいに笑った。ベッドの縁に座り、指で髪をすいてくれる。
「分かってるよ。後で買い出しに行くけど、何か欲しい物ある?」
 首を横に振ると、ロビーは、「じゃあ、フルーツヨーグルトでも買ってこようか?」と聞いてくれた。六パックになっている、毎日違うフルーツ味のヨーグルトのことだ。子どもの時によく食べた。実際、子ども用で容器じたいとても小さい。ヤニックが笑うと、ロビーも笑い、薄手のブランケットを胸のあたりまでかけてくれた。
 部屋を出ていく前に、ロビーはそっと頬にキスをした。今までと変わらない。彼は今まで通り、変わらない態度で自分に接してくれている。最初からそうだったから、気づかなかったが、すべてにおいて自分よりも優れている彼が、どうして自分を好きなのか分からない。
 だが、ヤニックは卑屈な性格ではないため、そこで自分の価値観を見直すようなことはしなかった。相手を嫌いになる時、納得できるような理由がいらないみたいに、好きになる時もいちいち納得できるような理由なんていらないからだ。


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