あおにしずむ9/i | ナノ


あおにしずむ9/i

 理由はぼかして、パックが彼女を気に入っていると分かっているが、仕方なくデートしなくてはいけない状況なのだと説明した。ロビーは同情の言葉を吐いて、青いリンドウが咲いている植木鉢をラッピングする。
 淡いブルーリボンを祖母が適当な長さに切って、ロビーへ渡した。彼はリボンを上手に結び、植木鉢を差し出す。ヤニックはうしろに客でも来ているのかと振り返った。だが、うしろには誰もいない。
「デートなんだから、花の一つくらいプレゼントしないと」
 ロビーはそう言って、きれいにラッピングされたリンドウの植木鉢を持たせてくれる。
「ありがとう。待って、お金、払う」
 ポケットに入っている財布を取り出そうとすると、ロビーは手を振った。
「いらない。パンク、直してくれただろ」
 そう言われて、ヤニックは後輪をパンクさせたことを思い出す。
「あ、ロビー、あの、この間はごめん。本当にごめん。あんなこと、本当は」
「分かってる。気にするなって言っただろ」
 ロビーは客の相手をしに戻っていく。ヤニックはもう少し話をしたいと思ったが、約束の時間もあるため、彼の祖母にも礼を言い、その場を後にした。
 映画館の前にあるベンチに座り、約束の時間になるのを待つ。リンドウの青は目の覚めるような青だった。いつもは花に目を向けないが、手の中にある植木鉢を見て、きれいだと思った。ロビーが丹精込めて、世話をした花だ。彼の汚れた手を思い出して、すごいな、と尊敬した。
 ロビーは、学年も歳も上だが、同世代だ。彼は家の手伝いをしながら、高校を卒業しようとしている。卒業した後は家の仕事に専念するだろう。学校ではゲイだと言われて馬鹿にされたりしているが、手に職のある彼を妬んでいる連中だって多いはずだ。この街に残るなら、就ける仕事は限られているし、都市部へ出たって大卒の人間には敵わない。
 ヤニックはこの街から出る気はなかった。頭がよければ、奨学金を得て、大学へ行けるが、残念ながら、成績は下のほうだ。就職するしかない。冬休み中にアルバイトをして、今からコネクションを作ったほうがいいかもしれない。
「ヤニック」
 将来のことを考えていて、ティナに気づかなかった。彼女は不満そうな顔をしている。立ち上がって、腕に抱えていたリンドウの植木鉢を差し出した。
「何それ」
「リンドウ」
「ダサい」
「え?」
 彼女は溜息をついた。
「今日、何する気だったの? 映画のチケット買った?」
 首を振ると、腕の中の植木鉢を取られた。彼女はそれを近くのゴミ箱へ捨てる。
「こんなもの買うくらいなら、チケットくらい準備してよ。どうして待ち合わせ場所が映画館前なのか分からなかった? いまどき、花なんかもらっても嬉しくない」
 ヤニックはあまりにも驚いて、言葉が出てこなかった。彼女はさらにまくし立てる。
「それと、いったい何、食べてきたの? オニオン臭くてキスもできないわ。乗り気じゃないって分かってたけど、いくら私としたくないからって、そこまでしなくてもいいんじゃない?」
「そんなつもりじゃ……」
「じゃあ、ゴム持ってきてる?」
「え?」
「コンドーム」
 ゆっくりと区切られた言葉に、ヤニックは頬が熱くなった。彼女は呆れたと肩をすくめる。
「もういい。私のこと馬鹿にしてる」
「してないよ」
 授業中は静かにノートを取っていて、校内では大人しい彼女の豹変ぶりに、ヤニックは怖くなった。今も目の前で泣いている。どうしたらいいのか分からない。


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