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vanish そこから2/i

 十一時オープンに向けて、ゆっくりと準備をしていると、『むすび』の電話が鳴り始めた。予約の電話かと思い、いつもの調子で慎也は電話に出た。相手は要司が今朝から家の補修を頼まれていた清水だった。
 電話の内容に、慎也は受話器を落としてしまった。携帯電話からかけていた清水が、外で到着を知らせるクラクションを鳴らす。我に返った慎也は慌てて外へ駆け出した。
「本当にごめんなさい。私も慌てて、とりあえず会田さんに知らせなきゃと思って、こっちに来たから、牧さんのケガの具合、分からなくて」
 清水の家は樫の木を切り出して、庭に丸太を積み上げている。もちろん崩れないようにしてあるが、小さな子ども達がいるため、ふざけて登っている間に負荷がかかったらしい。
 崩れた時、ちょうど子どもが下敷きになりそうだったところを、要司がかばったようだ。腕から出血があり、すぐに病院へ運んだと言われ、慎也は気が気でなかった。
「でも、意識はあったから、私に言われても気休めにならないかもしれないけど、きっと大丈夫」
「……歩美ちゃんは大丈夫なんですか?」
「うちの子は傷一つないわ。本当にごめんなさい」
 車に乗り込んでから、何度目かの謝罪を聞き、慎也は違和感を覚えた。清水の謝罪にこもっている感情は、まるで自分達が恋人同士だと知っているかのようだ。要司は仲間内では自分達の関係を隠さなかった。
 だが、ここへ越してきた時、慎也は要司が何か言う前に、自分達の関係を、「長年の親友」だと言った。互いに婚期を逃がし、気の合う者同士でレストランを始めることにした、と思わせるほうが生活しやすいと思ったからだ。要司はその時もその後も何も言わなかった。
「あの、清水さんは……」
 自分の口から言うことが気恥かしく、慎也はしばらく言葉を考えた。その戸惑いを読んだ清水が、前を見ながらほほ笑む。
「あー、そっか。会田さん、忘年会の時、潰れてたから」
「え?」
「ほら、去年の忘年会の時」
 慎也は清水から話を聞いて、涙をこらえることに必死になった。幸い、右腕の切傷を縫合しただけで済んだ要司は、そのほかにはケガもなく元気な笑みを見せてくれた。

 ベッドの上に座った慎也は目を閉じている要司の頬をなでる。涙を流しながら、嗚咽をこらえていると、彼は目を開き、起き上がって抱き締めてくれた。
「どうしたんだ? そんな心配してくれたのか?」
 慎也は頷き、それから首を横に振る。
「忘年会で、要司さんに何かあった時は、俺のことお願いしますって頭、下げたって」
 要司は額を押さえると、「あぁ、それか」と苦笑いする。清水は気づいた者達は皆、好意的に見ていると教えてくれた。それだけ、この数年で要司の仕事や自分のレストランがこの地域に受け入れられたということだった。
「絶対、長生きしてください」
「年齢でいくなら俺が先だろう?」
「嫌です……俺、一人にしないで」
 うなるように泣く慎也を抱き締めて、要司は穏やかな声で言った。
「おまえはもう一人じゃないだろう? おまえを慕って支えてくれる仲間がいっぱいいる。俺は先にいくだろうけど、おまえが天国で迷わないように、道を作っておくよ。見晴らしのいい場所に家も建てておくから」
 慎也はどうしたら自分の中にあふれる気持ちを要司に伝えられるか考えた。口を開くと嗚咽が漏れて、涙を拭きながら、せめて笑おうと笑みを作ると、要司もほほ笑んだ。
「壁の色、何色にするか考えながら歩いておいで」
 慎也は、「はい」と返事をした。死んでも一緒にいてくれる。そこから先はずっと離れずにいられる。
「まぁ、そこにいくまで、まだまだここでいっぱい愛し合うんだけどな」
 そう言って小さく笑った要司が、触れるだけのキスをくちびるへくれる。慎也はそのキスにしっかりとこたえた。


そこから1

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