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 慎也の三十代最後の誕生日、要司がとつぜん貯金通帳をテーブルに置き、真剣な表情で正座をした。何事かと思ったが、三十代最後の誕生日プレゼントは、今まででいちばん大きく高価なものだった。
 要司は少し前から博人や総一郎に相談して、慎也の夢だった田舎暮らしに最適な土地を探してくれた。山と川のあるのどかな場所がいいとしか言っていなかったのに、要司は以前住んでいた場所から車で三時間程度のこの場所を見つけてきた。
 誕生日にパソコンからこの土地を見せてもらい、実際にここへ来て、レストラン兼コテージの構想を練った。要司は慎也の希望を聞いて、仲間達と話し合いながら、レッドシダーを使用したログハウスを一から建てた。
 完成するまでは互いに仕事を続けたため、最初の頃は週末や休みの日に作業をしていた。仲間たちと一緒ににぎやかな雰囲気で家を建てるのは、慎也に昔を思い出させた。あの頃、要司達はきらきらと輝いていて、とても羨ましかった。自分は一生、その中へ入れないと思っていた。
 慎也の人生は要司なしには考えられない。要司がいつも道を示してくれた。歩けないと思った時も、居場所がないと感じた時も、彼は手を差し伸べて待っていてくれた。
 ログハウスが完成して、いよいよレストランがオープンする一ヶ月前に、慎也は要司と完全にこちらへ引っ越した。
 『ブォンリコルド』で世話になったオーナーは数年前に他界していた。子どもがいなかった彼は、『ブォンリコルド』の権利書を慎也と俊治に託した。他のレストランも、彼が育てた人間にすべて譲渡したことを彼の弁護士から聞いた。
 慎也は現在、形だけはオーナーの立場だが、『ブォンリコルド』の経営は完全に俊治へ任せている。要司と出会ってから、慎也の周囲には優しく信頼できる人間が集まった。慎也はすべて要司のおかげだと考えている。
 二階は宿泊できるように、自分達の部屋とは別に客室を造った。コテージのほうで利益を得ようとは思っていない。仲間達が遊びにきた時に大きな部屋があると便利だから、という理由だった。
 向かいにある自分達の部屋は、ログハウスを建てるために協力してくれた仲間達が出入りして以降、誰も中に入れていなかった。間取りを見れば、おそらく総一郎あたりは見当がつくだろう。
 二人分の衣装が入るウォークインクローゼット、大きなダブルサイズのベッド、二人で入ることができるバスルームとトイレ、そして、リビング代わりの空間には冬の間、こたつが置けるスペースがあった。
 慎也はこのログハウスを建ててくれた要司が誇らしくて仕方なかった。慎也自身は誰かに自慢して満たされる性格ではないため、彼に直接その思いを伝えていた。もともと、田舎に引っ越して、のんびりレストランをしながら暮らしたいという希望は、強い願望ではなかった。
 いつだったか、テレビを見ていた時に田舎暮らしをしている夫婦の取材があり、それを見ていたら、「ああいうの、いいと思うか?」と聞かれて、頷いただけだ。ただそれだけなのに、指輪をくれた時、彼は、「老後は二人で田舎に引っ込んで、畑仕事をしながら、収穫した野菜でレストランをする」と言った。
 自分の些細な望みを見逃さずに覚えていてくれた要司を、慎也は誰よりも大切に思った。同時に、あの時からすでに長い時間をともにするのだと確定したように言われて、とても嬉しかった。
 近所へのあいさつを終えて、慎也はまだ整っていない庭の手入れをしていた。小さく息をついて立ち上がると、うしろから要司が抱き締めてくれる。ここより上に住んでいるのは一家族だけで、下には家々が軒を連ねているが、誰かが坂道を上がってくる様子はなかった。
「愛してる」
 左耳にキスをされて、慎也は笑みを浮かべた。
「俺もです。要司さんのこと、誇りに思います」
 軍手を脱がされ、要司の節くれだった指先が慎也の指先に絡む。彼は慎也が体をつなげるよりも、スキンシップの延長のように触れ合うほうが好きなことをよく分かっていた。ダブルベッドの上に転がりながら、内股に音を立ててキスが落ちる。
 長い前戯と軽めのセックスの後、要司はいつも体をつなげたことの余韻を大事にしながら触れてくれる。慎也は受け身になり、その愛撫を甘受していた。彼の穏やかで優しい手と視線は慎也を深く満たした。


番外編2 そこから2

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