spleen81/i | ナノ


spleen81/i

 屋敷には志音の祖父母が暮らしており、両親は別の家に住んでいると教えてもらった。今日は志音が帰省しているため、両親もこちらへ来るらしい。夜は一緒に食事をすると聞いて、明史は先にシャワーを浴びた。
 トランクケースを開けて、数着しかない上等なパンツをあさっていると、同じくシャワーを浴びてきた志音が中をのぞき込む。
「そっちのダークブラウンにしろ。シャツはその上にあるホワイトベージュの」
 明史が言われた通りに衣服を取り出すと、志音はウォークインクローゼットを開く。
「俺のサイズだとどれも厳しいな……あ」
 志音は柔らかなブラウンのサマージャケットを手にする。
「これ、合わせろ。ちょっと大きいかもしれねぇけど」
 確かに少し大きかったが、他にサイズや色の合いそうなものはなさそうだ。
「似合ってる」
 手招きされて、クローゼットの扉のそばへ寄ると、扉の内側が鏡になっていた。鏡に映る自分ではなく、うしろに立っている志音を見る。
 志音は笑って、明史の右肩へ顔を埋めた。襟足から耳のうしろへキスされる。くすぐったい、と体を動かすと、志音がぎゅっと抱き締めてきた。明史はまだこたえられない。少しだけ持ち上げた腕は、志音の背中に回ることなく、だらりと落ちた。

 十八時を過ぎた頃、パネルから音が鳴った。志音に促されて、階下へ行く。準備が整った、という使用人からの連絡だったが、すでに祖父母と母親がいると聞こえた。
 大広間へ向かう途中、明史は怖くなって、志音の手を握った。もし、自分の両親のような態度を取られたら、と考えて、足がすくむ。
「心配するな」
 志音の力強い手が、明史を前に進ませる。扉が開くと、温かい色が見えた。テーブルに並んでいる料理は和食と洋食が半々で、あまり格式張ったものではない。
「志音、おかえりなさい」
 志音は祖父母と母親を軽く抱き締める。明史は羨ましいと思いながら、その光景を見守った。
「明史」
 名前を呼ばれて、テーブルのほうへ近づく。手を伸ばした志音が、明史の体を引いた。彼の家族を紹介される。どんな顔をしているのか、自分でも分からない。笑わないといけないと思うと、顔が強張るのを感じる。
「よくいらっしゃいました。どうぞゆっくりしてくださいね」
 祖母が優しい口調で声をかけてくれる。明史は頭を下げて、「よろしくお願いします」と口にした。
「今日は、あえて形式的なものじゃない料理にしてもらったの。明史君の好物があるといいけれど……」
 控えめで上品なスーツを着た志音の母親に、明史は大きく首を振る。おそらくテーブルマナーに慣れていない自分のために、用意してくれたのだろう。
「どれも好物です」
 志音が椅子を引いてくれる。明史が腰をかけると、彼は隣へ座った。ローストビーフ、カラアゲ、シーザーサラダといったものに加え、アジの南蛮漬けなどの魚料理も並んでいる。
 使用人が白飯の盛られた茶碗とみそ汁を運んできた。
「本当は手料理で迎えたいところだけど、今日はチャリティーパーティーがあってね」
 全員で手を合わせて食事を始める。志音の母親が向かいで笑みを浮かべた。
「明史君は焼き菓子が好きだと聞いたわ。来週まで時間がないけど、今度、私のシフォンケーキをごちそうするわね」
 熱々のカラアゲをかじり、飲み込んだ後、明史はうっすらとにじんだ瞳で頷いた。
「……はい。あの、俺、すごく楽しみにしてます」
 志音の母親が笑う時の華やかさは、志音が笑った時と似ていた。学園の食堂以外で、テーブルを囲んで食べることは久しくなかった。料理はおいしく、もっと食べたいのに、すぐにお腹いっぱいになる。


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