spleen77/i | ナノ


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 式が終わるまでの間、明史は里塚と話をして過ごしていた。里塚がこの学園の卒業生だったことや当時、三年生で生徒会長だった水川の話を聞いて、ほんの少し気が紛れた。
 終業式が終わった後も、夏休みの宿題、休みの間の図書館の解放情報やその他の注意点の説明がある。水川が明史の担任とともに保健室へ姿を現したのは、昼過ぎだった。何度も声をかけてくれていた水川を、どんなふうに見ればいいのか分からず、明史はうつむいた。
「大友君」
 明史の担任が、ケータイを返してくれる。
「リアカバーが壊れてたから、新しくしてある。それと、君のアドレスも変更されたから、今後はそのアドレスを使って。制服は注文済だけど、届くのは夏休み中になる。寮長に渡すから、新学期に受け取ってくれる?」
「はい、あの……」
 真新しいケータイを握り、明史は顔を上げた。向かいの椅子に座っている水川と担任の姿が目に入る。
「ご迷惑をかけて、すみませんでした」
 頭を下げようとすると、立ち上がった水川が、明史の隣へ来て、肩に手を置いた。
「おまえは、迷惑なんかかけてない。謝罪も頭を下げる必要もない」
 いつも軽い口調の水川が真剣な口調でそう告げた。
「理事長がおっしゃった通り、この学園は学びたい者を放り出すようなことはしない。ただ、規則や道徳に大きく反した場合、もちろん処罰はある。おまえに無理強いした三人の生徒は退学になる。見張り役の生徒は十日間の謹慎処分だ」
 明史はひざの上で拳を握る。
「俺も退学ですか?」
 水川達の不思議そうな顔を見て、明史は自分が退学にならないことを理解した。
「黒岩のことは、志音から聞いてるか?」
 水川に問われて、首を横に振ると、しゃがんでいた彼は明史の隣へ腰を下ろした。
「黒岩は懲戒免職処分になった。まだおまえの口からは聞いていないが、俺達はあいつが脅迫していたと考えてる。証拠はすでに見つけた。ただ、大きな事件にしてしまうと、おまえの将来に差し障りが出る可能性がある。だから、あいつは今、若宮財閥のSP預かりになってる。警察にも届けていない状態だ」
 学園側は不祥事となるため、明史に黒岩のことを訴えて欲しくないはずだ。無論、明史も事を大きくしたいとは思っていない。もう二度と黒岩に会いたくなかった。
「あの映像を流したのは黒岩だ。だが、そこまで追い詰めたのは俺だった。明史、悪かった。ごめんな。俺が過剰にあおって、結果、おまえがあんな目にあっていたなら、俺は本当にバカだ」
 明史は水川の言葉に首を横に振る。厚意が裏目に出て失敗することはある。その時に億劫になり、次の一歩が出なくなったら、助けを求める声も勘違いだと済ませてしまうだろう。
 自分が頑なに拒んでも、皆、何度も手を伸べてくれていた。明史は涙を拭い、「先生達が諦めてたら……」と言葉にする。
「皆が諦めてたら、俺、ここにいない。だって、俺は、もうずっと、諦めてた」
 涙を拭っていると、保健室の扉が開く。公式の行事の時はネクタイとブレザーを着用しなければならず、志音はきっちりとダークブルーのネクタイを結んでいた。
「明史」
 志音が中に入ってきて、水川を軽く睨んだ。
「何、泣かせてるんですか?」
「違うだろ。この涙は、俺みたいないい男が、隣に座ってくれて嬉しいっていう涙だ」
 水川の言葉に思わず笑うと、志音も少し笑った。彼は少しだけネクタイを緩め、ブレザーを脱ぐと、ソファに座る明史の肩へかけてくれる。外は恐ろしく暑いだろうが、中は空調が整っており、薄着で出てきた明史は寒いと感じていた。
「ありがとう」
 志音のブレザーは彼の使用している香水の香りがする。アドレスも新しくなり、このまま夏休みに入れば、先ほど読んでしまった悪意のあるいたずらは減るだろう。だが、これから先もこの学園で学ぶなら、ある程度の中傷は覚悟しなければならない。明史は志音のブレザーを握った。


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