spleen70/i | ナノ


spleen70/i

 明史に合意だと言わせた後、生徒達は出ていった。将一は明史のことを抱き締めながら、合意だったと言った後の明史の言葉に、えぐられるような衝撃を覚える。
「早く!」
 剛の声に振り返ると、扉が開いた。陸上部員がカードで扉を開けてくれたようだ。剛と光穂、そのうしろに志音がいた。
「明史っ!」
 将一の腕の中で明史は目を閉じていた。志音が明史の名前を呼びながら、体を抱き寄せる。
「何があった? 誰がやった?」
 志音の憤りはもっともだ。口を開こうとすると、剛が腕を引いてくれる。
「志音、おまえの怒りは分かるが、将一に怒鳴りつけないでくれ。将一もケガしてるんだからな」
 腹を殴られた程度だが、剛には分かるらしい。今になって、明史を見つけた時の悲しみや、ナイフを向けられた恐怖がよみがえってきて、将一は新たに涙を流した。剛がそっと抱き締めてくれる。
「先生、こっち」
 外にいた生徒達の声に顔を上げると、水川が息を切らして入ってきた。彼は明史を見て、すぐに上着を脱ぎ、志音へ差し出す。
「光穂、外にいる生徒達も含めて、今日のところは生徒会と委員会の人間で何とか収拾してくれ。湊先生がもうすぐ来る」
「分かりました」
 水川の言葉を受けて、光穂はすぐに動き始める。
「二人は保健室に」
 明史と将一を見て、水川が言った。剛が抱えてくれようとしたが、将一は自分で歩けるから、と断る。その間も涙が止まらず、彼が左手をしっかりと握ってくれた。
「剛、ここはいいから、彼についててあげなよ」
 会計の二年生がそう言って、道を作った。剛が、「悪いな」と口にしながら、保健室までの道のりを先頭で歩く。一度だけ振り返ると、志音によって横に抱えられた明史が見えた。水川の上着で体を隠されていて、右手だけが力なく揺れている。手を握った時の冷たさを思い出した。
 嗚咽が漏れた。剛が立ち止まる。
「どうした?」
 剛の手は冷たくはない。ぎゅっと握られているその手を握り返す。
「俺、めい、じの、ともだち、なのに、すくえっ、おそかっ」
 将一は、「俺達、友達なの?」と聞いた明史の言葉に、そうだとこたえた。こんなことになる前に、明史のことを救えたはずだ。中等部に入学した時から、彼の存在を知っていた。三年間、何もしなかった自分は、彼を傷つけた生徒達と同じだ。
「将一」
 校舎に入る前に立ち止まった剛が、両肩に手を置いた。明史を抱えた志音が将一達を抜いて、先に保健室へ向かう。
「後悔は誰だってする。俺も明史のことを誤解して、直接何かしたり、言ったりはしてないけど、傍観してた。今もやもやしてるのは、ふがいない自分への怒りのせいだ。その怒りを忘れないで、あいつが目覚めた後、サポートしてやれ」
 将一は嗚咽を漏らしたまま、剛を見上げた。おまえはできるだけのことをやったという言葉が欲しかったのではない。まだできるだけのことをしていないと自覚していたからだ。優しい慰めではなく、力強い励ましをもらい、将一は拳を握る。
「おまえが辛い時は俺がサポートする」
 握り締めた拳に手が重なった。剛が保健室まで手を引いてくれる。ベッドに寝かされている明史の白い顔を見て、その冷たいであろう手を握って肩を落としている志音のうしろ姿を見て、そして、最後に自分の手を握っている熱い手を見て、将一は水川を呼んだ。
「水川先生」
 水川だけではなく、里塚も剛も志音もこちらを見ている。友達として、明史に分かって欲しい。彼へ差し伸べられている手は、いくつもあるのだと知って欲しい。
 剛の手を握り、将一は先ほど明史が口走った言葉を伝えた。それは彼が黒岩から強要されて性行為をしていたと予測できる内容の言葉だった。


69 71(志音×明史)

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