spleen65/i | ナノ


spleen65/i

 将一の友達が明史へ話しかけた。
「大友、ベストのうしろ、こすった? 何か穴みたいなの、開いてるぞ」
 明史が左を振り返って、ベストを見た。彼は見ただけで、何も言わず、前を向く。少しうつむいていた。だが、手を振り払おうとはしない。
 保健室の扉を開き、中へ入る。里塚が顔を上げた。彼は、右手に持ったハンカチで左腕の擦り傷を押さえている明史にすぐ気づいた。
「大友君、転んだの?」
 ソファに明史を座らせた里塚が、ハンカチを当てていた右手を取る。将一も握っていた左手を解放した。明史がこちらを見てくる。
「何?」
 明史はゆっくりと瞬きをして、将一が握っていた左手を見てから、また視線を寄越した。
「俺達、友達なの?」
 言葉だけだと非難しているように聞こえるが、明史の口調は不思議に思っているような響きを持っていた。先ほどは勢いだけで言ってしまった。それでも、偽りはない。将一は明史のことを単なるクラスメートだとは思っていない。彼が困っていたら、他の友達と同じように全力で助けたい。
「そうだよ、友達だよ。だから、明史、困ったことがあったら、ちゃんと言って」
「そうそう。特にあいつら、ウザいからさ、絡まれたらすぐこっち来いよ」
 将一の言葉に、ついて来ていた友人達も頷く。明史はくちびるをしっかり結んでいるが、ゆっくりと頷いてくれた。
「はーい、おしまい。そこまでひどい擦過傷じゃないから、シャワーの後、消毒だけしておいてね」
 里塚が明史からカードを受け取り、パネルの記録簿へ打ち込んだ。皆で食堂へ向かおうという話になり、保健室を出ようとすると、里塚が明史だけを呼び止めた。
「悪いけど、ちょっとだけ大友君に話があるんだ」
 里塚の言葉に頷く以外なく、将一達は明史を残して食堂へ移動した。将一は途中で志音へメールを送信しておいた。すぐにメールが返ってくる。ありがとう、というシンプルな言葉だった。

 二年生の先輩である創太から、明史が彼の兄と比較され、コンプレックスのようなものを抱いているのではないかという話を聞かされた時、将一は泣いてしまった。将一は一人っ子であり、兄弟がいればいいのに、と何度も想像してきた。だが、兄弟がいるために生じる、明史が抱えているような問題については考えたこともなかった。
 授業参観には、将一の母親が毎年来ている。高等部に上がっても変わらない。両親とは仲がいいわけでも悪いわけでもない。今は学園で友達と過ごすことが楽しくて、ほとんど家へは帰っていなかった。
 明史は毎週末、外出届を出していたが、黒岩との関係が知られるようになってからはほとんど寮にいた。泊まり込みでない限りは、寮長に申告して、門限までに帰ってくるだけだ。明史も時々、志音とともに買い物へ出ているようだった。
 将一は今までずっと、明史は家へ帰っているのだと思っていたが、創太の話を考えてみると、もしかしたら、黒岩と会っていたのかもしれないと思った。両親から受け取れなかった愛情を身近な大人からもらおうとしたのだろうか。本人に聞く勇気はないため、将一はそういうふうに解釈していた。
「ショウ? 将一?」
 ふと視線を戻すと、緑の日本庭園が見えた。剛とともに有名な料亭で昼食を楽しんでいたはずが、うっかり自分の思想世界に入り込んでいた。将一は慌てて、謝る。
「すみません、考え事してました」
「料理がまずかったのかと思った」
「そんなことありません。とてもおいしいものばかりです」
 懐石料理を順番に食べ、最後のデザートが運ばれてくる。もうこれ以上は入らないと思うのに、デザートのシャーベットを見たら、それだけはまだ食べられそうだと思い直した。その表情に気づいたのか、剛が笑う。


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