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 その週の土曜、いつもなら外出する明史が部屋にいた。外出届を出している生徒はパネルから確認することができるため、将一は届出を出しながら、帰らなかった明史のことを不思議に思った。
 六月も半ばを過ぎ、七月初旬には期末試験が控えている。将一は午後から図書館へ向かった。自習できるパネルの前に座り、勉強を始める。将一は裕福な家庭で育ち、祖父も父親もこの学園を卒業していた。
 祖父は初等部から入学させるべきと言い張り、父親は初等部くらい公立で大らかに育って欲しいと対立した。好きなようにしていいと言われたため、まだ幼かった将一はもちろん、幼稚園の友達が通うことになる公立の小学校を選んだ。
 今でも小学校からの友達とは連絡を取り続けている。父親はこの学園の独特の雰囲気が嫌いだと言っていた。だが、実際に入寮して、学校生活を始めてみると、自分には合っているように思えた。
「将一、メシは?」
 七組の友達が声をかけてくる。
「もう食べた。英語の口頭試験、範囲どこまでか分かる?」
 隣に腰かけた彼が、パネルへ触れて、範囲を教えてくれる。
「最近、剛先輩とばっかり、メシ食ってない?」
「うん。何か、気に入られたみたいでさ」
「ふーん。もう告白された?」
 パネルに表示されている範囲へ付せんを張りつける作業をしていた将一は、驚いて手を止めた。
「告白?」
 彼は意地悪く笑う。
「またか。おまえって本当、鈍感だな。ま、いいや、夜、一緒に食おうぜ。皆に言っとく」
「え、あぁ、うん」
 将一にとっては全然よくない。軽い私語は許されているとはいえ、この時期は皆、試験勉強をしているため、将一はもっと突っ込んで聞きたいのをこらえた。
 両親は成績のことをとやかく言うタイプではない。祖父も学園の名にこだわっているだけで、七組と八組を行ったり来たりしている自分に、もっと勉強しろとは言わない。実家は電車で二時間ほどの距離のため、頻繁には帰省せず、夏休みもほとんど寮で過ごしている。
 夏休みの寮はかなり緩くなる。夜更かしや持ち込み禁止のはずの電子書籍があふれ、皆、思い思いに青春を楽しんでいた。寮長は学園のOBであり、ある程度の規則違反には目を閉じていてくれる。明史も夏休み中はそこまで細かく取り締まることはなかった。
 外は小雨が降っていて、蒸し暑そうに見えた。将一は図書館の二階から渡り廊下を通り、一階へ回り込む。寮までの道は屋根があるものの、外を通るため、湿気を感じた。寮内へ入ると、調節された室温が、不快感を一気に拭ってくれる。明史の部屋は入って右手にあり、将一の部屋は共有スペースを抜けて左手にあった。
 扉を開け放したまま、ケータイを手にして、ベッドへ寝転ぶ。メールが五件入っていた。一つずつ確認して、返事を打っていると、共有スペースで物音がした。明史もいるなら夕飯に誘おうと思い、起き上がる。
「大友」
 ミニ冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを飲んでいる明史が、視線を流してこちらを見た。思わずケータイを落としそうになる。ベージュのパンツにダークブラウンの長袖コットンシャツを着て、ただ水を飲んでいるだけだ。それなのに、彼の存在は視線を釘づけにする。
「何?」
 目尻にかかる前髪を払いながら、明史はくちびるの端から流れた水滴を指先で拭う。自分にはない艶やかな仕草に、見惚れてしまう。今さら、志音が八組で言った、「ちょっときれいじゃないだろ」という言葉に大きく頷いた。
「青野?」
 将一と明史は同じくらいの背丈だ。目の前にきれいな顔が迫り、驚いて、声を上げた。
「あ、いや、あのさ、今日、一緒に食べる?」
 明史は首を横に振った。
「今日はいい。誘ってくれてありがとう」
 明史は部屋へと戻っていった。手の中のケータイが震え始める。剛からの着信だった。


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