spleen57/i | ナノ


spleen57/i

 二時間目の英語の授業の時だった。扉が開くと、別のクラスの教師が、英語教師を呼んだ。
「大友君、ログアウトして、理事長室へ行きなさい」
 明史は言われた通りにログアウトをして、教室のうしろから出ていく。明史を呼びにきた教師は、理事長室の扉が開くと、職員室のほうへ帰っていった。明史は中にいた理事長と校長を見つめる。授業がないのか、担任もいた。
「あぁ、大友君、授業中にごめんね。座りなさい」
 理事長が笑みを浮かべて、ソファへ座るようにすすめる。昨日の夜の間に寮へ戻ってきたものの、明史の体は悲鳴を上げていた。特にアナルの痛みは、座っている状態でも感じる。
 向かいに理事長と校長、隣に担任が座り、六つの目が明史を射た。
「休みに入る前に、黒岩先生の件は君のご両親にも伝えていたんだ」
 担任がそう言って苦笑する。明史はただ頷いた。
「何だ、その不遜な態度は?」
 視線を向けると、校長がこちらを睨んでいた。自分へと向けられている負の感情に、明史は視線を落とす。
「校長、大友君は静かな子なんです。不遜なわけではありません」
 担任が慌ててそう言い、理事長が校長をなだめた。
「静かな生徒が先生と淫行ね。最近の子は分からん」
「あ、お、大友君、それで、君のご両親から、返事があって……」
 どうして登校したのだろうと思った。今日は一日、部屋で過ごせばよかった。もやもやとした膜が、明史の心を覆っていく。
「お二人とも学園に来るのが難しいみたいで、今日は来れないけど、その、もし、大友君自身が、黒岩先生と一緒に行きたいなら、あちらの学園への転入手続きをするっておっしゃってね」
 担任と校長の言葉が続く。どんなにきれいな言葉で固めても、明史には厄介者払いがしたいと言っているようにしか思えなかった。両親も学園も、自分という存在を疎んでいる。
 明史は心の中で思い描いた自分の胸に、ナイフを突き立てる想像をした。もう一人の自分は泣きながら、おまえにまで見捨てられたらどうしたらいいのか、と訴えてくる。
「二人とも、少し待ちなさい。大友君の話を聞きたい。君はどうしたい?」
 理事長の言葉に明史は視線を上げた。思わず、死にたいと口走りそうになる。だが、それだけはできなかった。一度は堕ろしてもいいと思っていた母親を、兄が思い留まらせた。そして、生まれた自分の命を、粗末に扱うことはできない。兄だけは明史を可愛がってくれる。
 いつも優しくしてくれる兄を悲しませることは、明史にとってもっとも辛いことだった。年末には帰ってくると言っていた。もし、黒岩とともにイギリスへ行ってしまったら、明史の両親のことだから、年末に里帰りするための段取りをしてはくれないだろう。
 明史はかすかに首を横に振る。
「俺は、ここに残りたいです」
 校長が落胆した表情を浮かべた。
「黒岩先生と会えなくなるのにか?」
 校長の質問を理事長がたしなめる。
「黒岩先生とは別れました。でも、これまでの付き合いは合意でした。あの、どんな罰でも受けます。だから、この学園で学ばせてください」
 理事長は優しい笑みを浮かべた。
「大友君、罰なんかない。君がこの学園で学びたいと言うなら、もちろん、このまま残ればいい。では、黒岩先生には予定通りに辞職してもらおう。今週末の外出届、こちらで用意しておくから、大友君は家に帰って、じっくりご両親と話しなさい」
「……はい」
 二時間目の授業が終わるチャイムが鳴り、廊下には教師や生徒達の姿があった。明史が教室へ帰ろうと左手のほうへ体を向けると、「明史」と名前を呼ばれる。左肩をそっと抱かれた後、さわやかな香りがした。
「青野達と食堂、来いよ。今週からマンゴーアイスがデザートに追加されるから、早めに行かないとな」
 甘いもの好きの志音の言葉に、笑って返したかった。だが、今は無視することしかできない。明史は何も聞こえないふりをして、歩みを進めた。


56 58

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -