spleen53/i | ナノ


spleen53/i

 兄から返事がきている。明史は中身を開いて笑みを浮かべた。年末はこちらへ帰ってくるとあったからだ。だが、その先に続く言葉に、笑みは消える。そこには志音を紹介して欲しいと書かれていた。彼とはまだ付き合っていない。もし友達として会わせたとしても、今まで書き連ねた嘘がばれてしまいそうだ。
 明史は返事を書かずにベッドへ横になる。志音なら話を合わせてくれるかもしれない。だが、彼に弱さを見せるのは嫌だった。そこまで考えて、明史は自分が志音を家に招くことを前提にしていると思い至り、小さく息を吐く。黒岩に会うのは憂うつだった。

 ケータイを確認すると、志音からのメールだった。明史はアイスミルクティーを持って、黒岩が迎えに来るのを待つ。志音からのメールは読んだ後、削除した。時間があれば、会いたいという内容だった。
 黒岩の車へ乗り込むと、彼はまっすぐ部屋へ向かう。明史は黒岩のほうを見た。
「先生」
 勇気を出して声をかけると、黒岩は口角を上げる。
「水川先生達からの風当たりが強い」
「でも、俺、合意だって、言いました」
 それが何だと言いたげに黒岩は笑う。
「嬉しいか?」
 明史はくちびるを結ぶ。
「俺は夏休み中にイギリスへ行く。合意で通せ」
「……はい」
 部屋に入り、いつものように荷物を隅へ置いた。昼を過ぎたばかりで、空腹ではない。
「明史」
 名前を呼ばれて、リビングへ行くと、黒岩はワイングラスにワインを注いでいた。
「おまえのはブドウジュースだ」
 祝杯を上げる意味が分からないまま、差し出されたグラスを手にする。
「今日で最後にしてやろう」
 明史が驚くと、黒岩は愉快そうに笑う。
「撮影した分も渡してやる。条件は俺との仲は合意だったと貫くこと、若宮とは付き合わないことだ」
 志音の名前を出されて、明史は動揺した。
「二つ目の条件は、どうせすぐ頷くことになる」
 掲げられたグラスを鳴らすと、黒岩は赤い液体を味わう。彼の瞳に促され、明史もグラスの縁に口をつけた。甘ったるいジュースの味だ。
「飲みほせ」
 すべて飲み終わると、黒岩がソファに座れと言った。大画面の液晶パネルに明史の母親が映る。昔、料理番組をしていた頃の映像だった。急に不安に襲われた明史は、立ち上がって、部屋へ行こうとした。それを黒岩が押さえつける。
「見たことないか? おまえの母親がゲストと息子の話をするんだ。面白いから、見てみろ」
 黒岩が再生ボタンを押すと、料理番組らしい野菜を切る音が聞こえた。明史は息を止め、パネルを見つめる。ゲストが一人息子の話をした。母親は笑って、話を合わせていく。
 ゲストが、何気なく自慢の息子の名前を尋ねた。
「統史(トウジ)っていうんですよ。今、十六歳で食べ盛り。おやつを食べさせても、夕飯までおかわりするくらい……」
 兄の名前を聞き、明史は拳を握る。父親と母親の名前に「トウ」と読める漢字が入っていたから、「統史」と名づけられた。明史の名前は兄が考えた。明るく歩んで欲しいと言っていた。


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