spleen49/i | ナノ


spleen49/i

「何度も確認してごめんね。でも、君の体には最近できた傷以外にもアザがある」
「それは、俺が嫌な奴だから……」
 黒岩からも軽く叩かれることはあるが、アザは明史のことを嫌っている生徒達から受けた暴行でできたものだ。だが、あの暴行事件の少し前から、先輩達が目を光らせていたこともあり、明史の体の傷はほとんどが過去のものだった。
 里塚は明史のこたえを予想していたらしく、すぐに次の言葉を発した。
「嫌な奴だから、誰かから殴られたのかな?」
「もし、そういったことがあったなら、遠慮しないで言ってくれないか?」
 里塚の言葉に続き、担任が不安そうな視線をこちらへ向けた。安易に頷けば、いじめがあったと認めることになる。明史はじっとりと汗をかいていた。両親にどんなふうに知らされるか分からない。
「そ、それも、でも、もう昔のことだから、大丈夫です。もう、いいですか?」
 立ち上がった瞬間、水川が左肩に手を置いた。
「大友君」
 里塚は優しい瞳を向けた。
「これまで色んな生徒の、色んな傷を見てきた。高校生になると、皆、急に大人びてね、専門じゃないけれど、そういう傷の相談も受けるんだ。大友君、黒岩先生は乱暴にはしていないかな?」
 ちゃんと、愛のある行為をしているのか、と続いた言葉に、明史は涙をこらえた。心の中では、再生されていく記憶を見せつけられて、痛みから嗚咽を漏らしていた。愛されている、と叫ぶ自分がいた。
 リビング中を駆け回って、自分の写真を探す。明史は黒岩の部屋から解放された後、家で両親の帰りを待っていた。食事が喉を通らず、浅い眠りの中で音を聞き、階下へ行く。母親が手料理を並べていた。
 食べるなら座りなさい、と言われる。久しぶりの手料理だ。だが、ほとんど食べていない明史にとって、アメリカから持ち帰ったレシピを参考に作られた肉料理を食べることは難しい。ぼんやりしていると、父親に怒られる。
 そんな顔を見ながらだと料理がまずくなる、と言われる。明史は廊下を出て、突き当たりにあるバスルームへ入った。鏡に映る自分の顔を見る。自分の顔は食事がまずくなる顔だ。もう一度、リビングへ戻り、親しくしてもらった先生に犯されたと言えるわけがなかった。
「……愛されてる、俺、愛されてるから」
 取り乱してはいけないと分かっているのに、明史は涙を流していた。
「もう、やめて、くださ、おれのこ、と、ほっとい、てくだっ、さい」
 水川に肩を抱かれ、明史はそれを払う。皆、同じだ。明史に優しくする振りをする。どうせ離れていくのに、近づいて、信頼させて、苦しい時には誰もそばにいてくれない。
 黒岩に無理やりされた、と言わせたいだけだ。それで自分を救えると思っている水川達が滑稽で、明史は泣きながら笑った。暴行事件の報告を受けても、学園に一任すると返事をした両親に、それ以上のことを知らせてもどうしようもない。
 兄のように成績優秀でもなく、社交性もなく、ずっと疎まれている存在だった。明史は両親に、そんな自分の存在をなかったことにされるのが怖くて、その状態を作ろうとしている教師達が許せなかった。
 あと二年ほど耐えれば、黒岩から解放されたかもしれないのに、何も知らない第三者が正義を振りかざして邪魔をする。突然、怒りに燃える瞳を向けた明史に、水川達は驚きを隠せなかったようだ。
「俺が縛られて、無理やり犯されてるって言えば、先生達は満足なんですか? それで、俺のことを救うヒーローのつもりなんですか?」
「明史……」
 水川の声に、先ほど彼の言った守られるべき立場の人間、という言葉を思い出す。その立場の人間は最初から決まっている。愛されている人間だけが、守られるべき立場にいる。両親から疎まれている自分が、守られているはずがなかった。


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