spleen48/i | ナノ


spleen48/i

 担任が理事長へ話しかける。
「大友君のご両親ですが、暴行の件についてはすでにメールをしています。処分はこちらに一任すると返事がありました。その……黒岩先生のことは、まだ何もお知らせしていません」
 明史は黒岩を見ていたが、実際には担任の言葉を聞いて、動揺していた。両親にはまだ黒岩との関係を知られていない。それでいいと思うのに、どこかで気づいて欲しいと思っている自分がいた。
 黒岩の無感情な瞳が怖い。お仕置き前の瞳に似ている。明史はひざの上で拳を握り、視線を落とした。
「分かりました。では、大友君」
「はい」
 理事長に呼ばれて、明史は立ち上がった。六十代後半の彼は、理知的な瞳でこちらを見た。そして、優しく笑い、「座っていなさい」と言ってくれた。
「君が来る前に黒岩先生からも話を聞いていますが、君と先生はお付き合いをしているんだね?」
「はい」
 明史が頷きながら、返事をすると、理事長も頷いた。
「では、黒岩先生はここまでで結構です。先ほどの件、よく考えて頂ければと思います」
 明史には何の話か分からないが、黒岩は立ち上がると軽く頭を下げてから出ていった。
「さて、大友君」
 今まで黒岩が座っていたソファへ、理事長が席を移動した。彼は明史の向かいに座ると、目尻にしわを寄せて人懐こい笑みを浮かべる。
「風紀委員としての君の活躍は聞きました。熱心に黒岩先生に報告していたのは、彼への好意ゆえという話も聞いています。私としては、好き合っている者同士であれば、無粋なまねをするつもりはありません。ただ、彼は教育者です。教育者でありながら、君に淫らな行為をしたと言いました。彼にはこの学園を去ってもらいます」
 思わず立ち上がると、隣に立った水川が、小さな声で、「悲しまないんだな」とささやいた。明史が慌てて、「嫌です」と叫ぶ。だが、叫んだ後、どうすればいいのか分からなかった。好きな人と一緒にいられなくなって、悲しいという表情を作らなければならない。そう思えば思うほど、明史は安堵していく自分を抑えられなかった。
 学園内でもう二度と、命令されるがままにペニスをくわえなくていい。アナルへ異物を入れなくていい。そう思うだけで、涙があふれた。涙を勘違いした理事長は、「別れろということではありません」と言った。
「黒岩先生には君が卒業するまで、海外の学校で教鞭を取ってはどうかとすすめました」
 理事長の言わんとすることを理解し、明史は涙を拭う。黒岩が何と話したのか分からないが、明史にとっては彼が海外へ行けば、もう外でも会う必要もなくなる。卒業するまでの二年間を、心穏やかに過ごせる。
「大友君」
 里塚に呼ばれて、視線を向けると、彼は珍しく眉間にしわを寄せていた。
「理事長のおっしゃったことは、あくまで、君と黒岩先生が恋人同士だった場合の話だよ」
「……どういう意味ですか?」
 明史は一度、くちびるを結んだ後、息を吸い込んだ。
「俺は、黒岩先生のことが、好きです」
 そう言いながら、明史は口の中が乾いていくのを感じた。昼に吐いた記憶がよみがえる。困るのはおまえのほうだ、と言った黒岩の言葉通りだと思った。脅迫されていると言ったところで、明史がいちばん欲しいものは手に入らない。むしろ、永遠に失う可能性のほうが高い。


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