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 取り乱した明史に対して志音は冷静だった。
「冗談で好きなんて言わねぇよ」
 明史の前に立った志音は一歩ずつ近寄ってくる。すぐ抱き締められそうな距離まで縮まった時、明史は確実に二十センチはありそうな身長差に怯んだ。
「……先生がいる……若宮の気持ちなんか迷惑なだけだ」
 本当は嬉しかった。マイナスの感情しか向けられたことのない自分に、好意を持ってくれる。それだけで、明史は志音のことを好きになる。そっと抱き締められて、深く甘いマリンの香りが体を包み、明史は幸せな気分になった。
 だが、志音を巻き込むわけにはいかない。 明史はもがいていて、彼の腕の中から逃れようとした。
「明史」
 志音がさらに抱き締めてくる。彼は少し屈んで、明史の肩へ額を当てた。
「今さらおまえの存在に気づいて、一目惚れで好きって、都合よすぎだって分かってる。だけど、俺のほうがあいつよりいい男になる、絶対だ。俺を選べ」
 志音は自信に満ちている声で言った。明史は震えていた右手を、志音の背中へ回そうとした。だが、寸前のところでやめる。
 信じて裏切られることのほうが怖い。黒岩だって最初は優しかった。甘えたい自分の心を読んで、いつも欲しい言葉を吐いてくれた。今すがれば、ほんの一時は幸せかもしれない。だが、志音も明史の汚れに気づけば、去っていくだろう。
「ごめん」
 その一言で志音の腕から解放された。彼の苦い表情を見返すことができない。
 明史は部屋を出た。自分の部屋へ戻ると、共有スペースの明かりは消えており、将一はいないことが分かった。おそらく友達のところだろう。
 パネルからログインして、メールを確認する。黒岩に見られてから、パスワードを変えた。兄から新着メールがきている。彼の書きだしは毎回、「明史、元気ですか?」だが、明史は、「元気です」ではなく、無意識に、「大丈夫です」と打ち込んでいた。
「大丈夫です。もうすぐ試験なのに」
 明史はライトグリーンに光る、勉強机に映し出されたキーボードを見つめる。兄の知る「明史」のことを書いた。
「もうすぐ試験なのに、告白されました。一組の人です。すごく人気のある人で、俺も気になっていました。付き合おうかな、少し、舞い上がっています。さっき、一緒にスタミナ弁当を食べました。スタミナ弁当、懐かしい? 今度会う時は」
 明史は嗚咽を漏らしながら泣いた。
「今度会う時は、俺のほうが大きくなっているはずです。これから暑くなる季節なので、体調に気をつけてください」
 送信ボタンを押した明史は、制服のままベッドへ転がる。ケータイに届いているメールを確認すると、水川からのメールが目に留まった。黒岩の件については、中間試験が終わってから報告する、と書いてある。明史はケータイをベッドの下へ落として、顔を枕へ埋めた。

 志音が言った通り、将一は、「明史に押されていない、バランスを崩して落ちただけだ」と証言した。もちろん明史は、自分は将一を押したと言ったが、それは助けようとして手を伸ばしただけだろう、とうまくまとめられた。
 中間試験明けからの謹慎を言い渡されたのは、明史ではなく、明史に暴力を振るったクラスメート達で、明史は同情的に見られた。
 ケータイから呼び出しメールを受け取り、保健室へ寄った際に将一を見つけて、謝罪した。だが、彼は少しも気にしていなかった。
 先週末は黒岩に外出届を出すように言われることもなく、中間試験の勉強をした。試験中から、明史は食堂での食事に戻り、無言で向かいの席に座る志音を無視した。


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