spleen36/i | ナノ


spleen36/i

 周囲からは、「何だ、話せるのか」という感想が漏れたが、創太はそれだけでは終わらない。話せるということは聞けるということだ。これまで、言葉が分からないと思って、かなり失礼なことを言っていた。フェリクスはそれもすべて理解している可能性が高い。
 青くなった創太のトレイを持ち、同じく日替わり定食を選んだフェリクスは、みそ汁とごはんをもらう際にちゃっかり、「ごはん、大盛りにしてください」と告げている。勝手に会計を済ませて、いつも留学生団体が座る席へトレイを置いた後、彼は創太の手を引いた。
 留学生達は母国語で話していて、何を言っているのか分からないが、フェリクスをからかっているように見えた。フェリクスは笑いながら、創太を席に座らせる。向かいではなく、隣に座った彼を見た。
「あの、フェリクス」
 いただきます、とやはりきれいな発音で言ってから、定食を食べ始めるフェリクスは、上手に箸を使っていた。彼のヘーゼルアイがこちらを見返す。
「俺、その、ごめん。分からないと思って、色々、ひどいこと言ってた……かも」
 フェリクスは箸を置き、左手を顔の左半分へ当てた。笑みを浮かべていて、右目は創太のことをとらえたままだ。何だろうと思って見つめ返すと、彼はようやく口を開く。
「あなたは」
 同年代に、「あなた」と言われて、おかしな気分になる。フェリクスの外見だと、「おまえ」が飛び出してくるのが妥当に思えた。だが、きちんとした丁寧な言葉を学んできたのだろう。彼は彼の中にある言葉を探すように、ゆっくりと話す。
「あなたは、どうしてだろう? 私の目に入ってくる」
 フェリクスは制服シャツの下に隠されているものを引っ張りだす。丸みを帯びたオニキスがヘンプの先にあった。
「これを選ぶ時、同じようなものがたくさんあった。全部、黒い、だけど、ほんの少しずつ違う。そういう時、人は最初に目に入ったものを見て、カンで選ぶ」
 フェリクスはもう英語で話していない。それなのに、創太には彼の話が見えなかった。実際のところは何となく言いたいことは分かっているが、認めるのが怖かった。彼の言葉は遠回しではあるものの、創太を気に入った、という意味に取れるからだ。
 創太の表情に気づいたフェリクスは、話をやめて、箸を持った。
「まずは食べよう」
 誰に言うでもなく、そう言って、フェリクスが箸を動かす。
 後になって、創太はフェリクスほどではないものの、やはりこの国の言葉を話せる留学生から話を聞いた。交換留学生になるにはいくつかの条件があるらしい。そのため、まったくこの国の言葉が分からない状態ではないようだ。もちろん、フェリクスの語学力は群を抜いていると言っていた。
 定食を食べ終わると、やはりいつものようにフェリクスはべったりとついて来た。先ほどまでは煩わしいと思っていたのに、今はなぜか恥ずかしい。部屋へ入ったら、宿題をするから帰れと言っていた。だが、今日は言えなかった。
 創太はパネルを触り始めたフェリクスの背中を見ながら、ベッドへと座る。今日は色々あったな、と思った。明史や将一のことが気になるが、それぞれに支えてくれる人がいる。襟足までくるくるとしているライトブラウンの髪を見て、創太は少しだけ笑った。
 相手な意外な一面を知った時、心境に変化があるように、創太もフェリクスへの苦手意識が少し変化したことを感じていた。英語だと何を言っているのか分からないが、自分と同じ言葉を話してくれることで、彼の気持ちも分かるようになる。
 振り返ったフェリクスが創太を呼んだ。彼は左の太股の上に座れ、と言う。それもいつものことだった。そして、いつも断り、創太はベッドに寝転んでケータイで宿題を済ませていた。彼はすぐに創太の隣へ来て背中や髪をなでてくる。それを心底うっとうしいと思いながら、振り払っていた。昨日までのことだ。
 創太は緊張しながら、椅子に座るフェリクスの足の間へ入る。左足の上にそっと腰を下ろすと、彼は左手で腰を支えてくれた。パネルの光は彼のヘーゼルアイを異なる色へ変化させる。きれいだと思った。
「これ」


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