spleen32/i | ナノ
spleen32/i
「創太……先生はな、フェリクスと仲よくなれば、おまえも少しは英語でコミュニケーションを取ることへの苦手意識をなくせるんじゃないかと思ってるんだ」
水川がいかにも教師らしいことを言う。だが、実際には自分が困るのを楽しんでいるだけに思えた。寮だけはすでに同室者が決まっていたため、創太と同じ部屋がいいと言うフェリクスの希望は却下されていた。
だが、最近は唯一の逃げ場だった部屋にまでやって来る。創太の安らぐ場所がなくなりつつあった。
「俺、苦手なんです」
「何が?」
「英語も大きいのも苦手です」
さすがに泣かないが、真剣に悩んでいることを理解して欲しくて、創太は水川を見つめた。すると、水川は照れ隠しするように彼自身の耳を触る。
「な、何だ、そうか、もうそこまで仲よしなのか」
「え?」
「いや、野暮なことは聞かない。まぁ、あいつ、でかそうだよなぁ」
水川が下品に笑い、意味を理解した創太は、大きく手を上げて肩を軽く叩く。
「違います! 違います! 違います! どうしたらそんな曲解ができるんですか?」
創太は水川のせいで、フェリクスの下半身を想像してしまい、耳まで赤くした。
「せんせー!水川先生!」
突然、出入口から生徒が叫んだ。
「おー、どうした?」
立ち上がった水川が問いかけると、生徒が早口でまくし立てた。
「八組横の階段に来てください。明史が将一を突き落としたって」
話の内容を聞いて立ち上がった他の教師へ、水川が、「里塚先生を呼んできてください」と頼んだ。創太は水川とともに一年生の教室がある三階へ向かう。
創太は生徒達の群れの奥に倒れている将一を見つけて、すぐそばへ近寄った。泣いている生徒達や向こうのほうで騒いでいる生徒達がいて、現場は混乱している。
「先生、俺、保健委員だった」
中等部の頃、養護教諭から学んだ応急処置を思い出し、将一を起こそうとしている生徒へ、「頭を動かさないで!」と告げる。
「里塚先生が来るまで頼む。おい、明史はどこだ?」
ちょうど生徒会長達も足音を立ててやって来た。
「あっちです」
「五組のとこの階段に連れてかれたよな?」
複数の生徒達から声が上がり、水川が光穂と駆けていく。副会長の達義と伊庭剛(イバゴウ)が野次馬は帰れと指示を出し始める。
「ケガ人は?」
里塚の声に振り返ると、彼がしゃがみこんだ。創太は泣いていた生徒から聞いた話を伝える。
「突き飛ばされて頭を打ったみたいです。出血はないけど、ここにたんこぶができてます」
「ありがとう」
里塚は素早く将一の頭や手足を確認して、「脳しんとうかな」とつぶやいた。
「誰か手を貸して」
比較的背の高い生徒達を見て、里塚が頼むと、剛がすぐに手を貸す。
「先生、向こうにまだケガ人がいるかもしれないです」
「分かった。この子を先に保健室へ運ぶから、先に行っててくれる?」
創太が五組横の階段へ到着した時、階段の踊り場には、水川に怒鳴られてうつむいている六人の生徒達がいた。
「だって、本人が認めたんです」
一人がそう言うと次々に、「明史が悪い」と主張を始める。光穂と達義は、眉間にしわを寄せている風紀委員長の直に何か話しかけていた。 |
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