spleen11/i | ナノ


spleen11/i

 側溝から校舎の壁まではそこまで幅が開いていないため、明史は後頭部を打たないよう、とっさに体をひねった。だが、側溝にはまっている足は動かず、鋭い痛みをを足首に感じながら、地面に手をつく。
「残念。頭、打ったらよかったのに」
 明史は顔を上げることができなかった。彼らの気配が消えても、はまっている足の痛みから立ち上がれずにいると、田沢が声をかけてきた。
「何してんだ?」
 明史は首を横に振り、「こけた」と告げた。
「マジかよー、まぁ、授業サボれそうだからいいけど。立てる?」
 ずきずきと痛む右足首に視線をやり、明史は両手を使って立ち上がろうとした。登校中の生徒達が遠巻きに見ており、ささやき合う声が聞こえる。いい気味だと思っているからこそ出てくる言葉ばかりだ。
 兄につづっているメールの内容とはまったく違う。ケガをしても手を貸してくる友達はおらず、むしろ醜態を笑われている。むしょうに泣きたくなって、その顔を見られるのが嫌で、明史はうつむいたまま、田沢に言った。
「一人で大丈夫だから、放っておいて」
 うまく言えない自分が嫌になる。だが、皆が、「やっぱり」という雰囲気を出すのを感じて、これで合っているのだと思った。大友明史は嫌な奴だから、それに見合った言動をするべきだ。
「んだよ、手、貸そうと思ったのに」
 田沢はそう言って、踵を返す。手を差し出そうともしなかったくせに、と明史は心の中で毒づいた。皆、自分のことが嫌いだ。嫌われる原因は自分にある。歯を食い縛って右足を側溝から抜こうとしていると、ふわりとマリン系のさわやかな香りがした。
「痛むか?」
 裾を少し持ち上げて、指先で足首へ触れた手に、思わず声を漏らした。
「腫れてるな。我慢しろ」
 そう言って、志音が右ひざの裏側へ手を添えて、右足を持ち上げる。痛みに顔をしかめて、声を出したが、側溝から足が抜けた。彼は自然な手つきで、昨夜のように明史の体を横抱きにする。
「え、ちょっと」
 周囲の視線のほうが足首の痛みよりひどい。明史はうつむき、志音の肩へ額を押しつけるようして目を閉じた。
「八組の奴、いる?」
 志音は明史のクラスメートに、保健室へ連れていくから、授業に遅れると伝えろと言った。保健室は一階の家庭科室の横にある。まだ養護教諭である里塚(サトヅカ)の姿はなかった。おそらく職員室での朝礼に出てからしか来ないだろう。
「若宮、昨日もありがとう。もう大丈夫だから、ここでいい」
 すでにHR開始五分前の八時十分だった。もうすぐ里塚も来る。同じ学年でもクラスが異なれば授業のレベルや速度は違う。一組の志音に迷惑をかけたくなかった。それに、ずっと横抱きにされているのは恥ずかしい。足首のケガを考えると、この抱き方がいちばん負担がないのは分かるが、明史にとってこういった接触の多い抱き方は、親密な間柄でのみするものだという認識がある。
 志音は明史の言葉にこたえず、保健室の前に立ったまま動かない。すでに一時間目のベルが鳴り、騒がしかった校舎内は静かになっていた。明史はずっとうつむいていたが、動かない志音が気になり、視線を上げる。
「あ」
 志音は明史を見ていた。視線が絡み、顔に熱が集中する。
「あ、の、もう重いだろ? 下ろしていい。俺、大丈夫だから」
 体を動かしても、志音が放してくれないため、その腕から逃れることができない。彼は人助け程度のつもりだろう。特に自分に気があるわけでもないことは分かっているが、美しい彼から見つめられるという状況は、明史をとてもおかしな気分にさせた。


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