spleen7/i | ナノ


spleen7/i

「気づかれていないと思ってるのか? 合意であっても、黒岩先生は立場を考えるべき人間だ」
 明史はくちびるを結ぶ。泣きそうだった。泣いてしまえば簡単だった。だが、自分の将来はどうなるだろう。両親に何を言われるだろう。
「ごめんなさい。俺が校舎でしてって黒岩先生にねだったんです。もうしません」
 頭を下げると、水川の手が肩へ触れる。明史は切れ長の瞳で彼を見上げた。涙はない。静かにほほ笑むと、水川はぽんと頭を軽く叩いた。
「いつでも相談に乗るから、そんな顔すんな。たまには俺のとこに来いよ。メールくれたら、ケーキ用意しておいてやる」
 明史はもう一度、頭を下げて、職員室を通り、廊下へ出た。夕暮れ時のため、窓の外は茜色に染まっている。あと二年くらい、大したことではないと思った。

 寮の部屋へ戻り、制服から私服へ着替えた明史は、勉強机に設置されているパネルの電源を入れた。教科書などはなく、ディスプレイにIDとパスワードを入力すれば、各教科のノートや予習・復習事項が表示される。
 指先でタッチ操作をしながら、個人宛のメールボックスを再度確認した。フォルダ分けしてる委員会用フォルダに、新しいメールが一件入っている。二週間後にある図書館でのイベントの知らせだった。
 食堂が開く時間まで三十分ほどあったため、明史は椅子に腰を落ち着け、外部サイトへの接続を開始する。公序良俗に反するサイトへの接続はフィルタリングによって規制されているが、フリーメールやテレビ電話などの機能は使用できる。
 明史は家族用のフリーメールを開いて、兄宛にメールを書いた。大学へ進学してから兄はどんどん家に帰ってくる時間が減り、アメリカへ渡ってからは、一年に一回会えるかどうかだ。
 嘘を書き連ねた後、送信ボタンを押した。ディスプレイをログオフにして、食堂へ行くために扉を開くと、ちょうど将一と出くわした。
「あ、大友。今からごはん?」
 視線を向けた後、「あぁ」と返事をして、将一のうしろに突っ立っている生徒達を一瞥した。
「青野、部屋に人を入れていいの、何時までか分かってる?」
 自分でも刺々しい言い方だと思いながら、将一のほうへ視線を移す。
「うっざいなー。まだ五時三十分だけど?」
 将一ではなく、うしろの生徒がこたえた。将一がすぐに振り返り、彼に注意した後、こちらを見て苦笑する。
「分かってる。この間のことだよね。ごめん。気をつける」
 小さな声でそう言った将一は、先に生徒達を外へ出した。
「うるさかった?」
「いや。でも、規則は規則だから」
 将一はこくりと頷き、不意に笑みを浮かべる。
「大友、ありがとう」
「え?」
 丸い目をきらきらさせた将一が続ける。
「だって、この間、あきらか規則違反だったのに、見逃してくれたから。大友、優しいところあるんだなって思った」
 それだけ、と言って、将一は出ていく。共同スペースに一人、取り残された明史は、その場にしゃがみ込んだ。最近、直や水川や将一といった周囲の人間が温かい。すがりそうになってしまう。
 明史は頬を濡らした涙を拭い、毅然とした調子で外へ出た。助けてもらうということは、手を伸ばして相手を自分のところまで引きずり落とすということだ。ケータイが光っていることに気づき、新着メールを開いた。
 黒岩からだ。週末に外出届を出すようにと指示がある。明史の顔は紙のように白くなった。


6 8

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -