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spleen2/i

 明史が報告する教師は正式には風紀の顧問ではない。教師という立場から物を言う黒岩は、上から目線で暴力的だと嫌われていた。担任でもないのに、明史はいつも黒岩へ報告していたため、周囲から見れば、明史は彼と同じく嫌な奴だった。
 風紀の顧問へ報告すれば、多少の罰はあるが穏便に済むことを、明史が黒岩に報告することで罰をより大きく重くしている。そういうふうに思われていた。
 黒岩は高等部の教師で進路指導に携わっていて、各大学への推薦なども彼が仕切っている。そのため、彼にすり寄れば推薦で大学へ行くことも可能だ。明史のように極端に成績が低いと、内申書や教師からの推薦が大きな意味を持ってくる。
 中等部の頃からあえて黒岩へ報告する明史が周囲から反感を買うのは、明史自身が納得できるほど仕方のないことだった。自分でも自分が嫌いな明史は、教室内でのいじめも当たり前のように受け入れている。

 風紀委員会が活動している教室は校舎の南側に位置しており、生徒会室から見ると、教師達の車が並んでいる駐車場をはさんだ反対側にあった。カードキーをIC部分に当ててロックを解除する。声をかけて中へ入ると、委員長の直が、「おかえり」と笑みを見せた。
 風紀委員会の中でも、明史は疎まれている。高等部に上がり、まだ一ヶ月と経っていないが、外部生が入ってきても二割程度であり、皆、明史がどういう人間か分かっていた。
「明史、ちょっといいか?」
 風紀委員室も生徒会室ほどではないが、それなりに広く、パーテーションの向こうには一対一で話ができる半個室の造りになっていた。教師に報告するまでもないような些細なことは、生徒をここへ連れ込んで話を聞いて帰すことが圧倒的に多い。
 直が半個室へ視線を流し、明史は彼のうしろについて行く。弾力性のあるソファに座った直が口を開いた。
「ほら、明史も座って」
 向かいのソファに座ると、直が頷く。直はあまり男らしくない顔だちをしていて、初等部の頃は女の子に見えないこともなかったが、中等部に上がってからは急に背が伸びていた。
 体つきも変わり、細身だが、制服の下にバランスの取れた筋肉がついていることは知っている。体育の時間に皆が見惚れていたことを思い出した。かっこいい、抱かれたい、と声を上げていた自分と似たような背格好の生徒達に、「気持ち悪い」と言ったら、壁際へ追い詰められて殴られた。
 直には木内航也(キウチコウヤ)という恋人がいる。同じ三年で、おっとりとした可愛い人だ。二人してずっと一組に所属していて、他にも羨望の的になるカップルはいるが、その中でも直達は親しみやすいカップルだった。
 一度だけ二人がキスをしている場面に出くわしたことがある。校舎裏には園芸部員達が管理している庭があり、観賞用にベンチや椅子が配置されている。そこで、二人がキスをしていた。
 直は大切なものに触れるように航也の肩を抱き、髪をなでた。ほほ笑み合った二人を見て、明史はその場から走った。失恋したわけではない。ただ、恋がどんなものか見せつけられて、明史は取り乱した。
「じ、めーじ、おい、明史?」
 直の声に明史は視線を合わせた。
「大丈夫か? 歓迎会も終わったし、来月は少し楽になるから、少し息抜きしろよ」
 明史は姿勢をただして、直の言葉に返事をする。
「いえ、今月はまだ緊張感があるからよかったですが、来月から気を緩める人間もいます。これまで通り、巡回して、寮のほうでも規則違反がないか、ちゃんと……」
「明史」
「はい」
 直が目尻を少し下げて、困ったような笑みを見せた。
「おまえは真面目過ぎる。今月だけでかなり違反者を見つけてくれたみたいだけど、いつもきゅうきゅう締めつけると、自分もしんどいぞ。報告も、黒岩先生にしてもいいけど、顧問の水川先生も構ってやらないと、あの人、拗ねるから」
 胃の辺りが痛んだ。直から視線をそらして、くちびるを噛み締める。
「それは違反する生徒と癒着しろってことですか?」


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