meteor17/i | ナノ


meteor17/i

 壁際にどさりと転んだアランは、由貴が落ちないようにと引き寄せる。大きな深呼吸の後、彼は笑った。
「まいったな。おまえ以外、もう何もいらない」
 今朝、彼にも同じこと言った?
 そう聞きたいのを抑えて、由貴はただ愛想笑いをする。
「大学……」
 アランは少し考えながら続けた。
「遠い所に行くな。近くなら車で通えるだろう?」
 アランが、まるで猫の腹を撫でるように由貴の腹の上を撫でる。
「……週末しか会えなくなるよ」
「一ヶ月に一回になるよりましだ」
 由貴は起き上がって、アランを見下ろす。確かな約束も特別な優越感もただ一人でもない関係を続ける。
 変わることができない。
 都合のいい相手を演じれば、居心地の良い場所は用意されている。
「どうしたらいいか分からない」
 由貴が正直に言えば、アランは頷く。
「ゆっくり考えればいい」

 その後、由貴がシャワーを浴びている間に、アランがベッドシーツを換え、白飯を温め直した。みそ汁の湯量も承知しているようで、由貴がリビングに入ると、懐かしい香りが漂ってくる。
 急に空腹を覚えて、由貴は静かに手を合わせて食べ始める。入れ違いにシャワーを浴びたアランが、屈み込んで額にキスをくれた。
「金曜にまた迎えに来るから」
 食事の途中だが、由貴は席を立って玄関までアランを見送る。彼の車が走り去ったところで、トーマスがこっそりと部屋を出てきた。
「あ、トーマス!」
 由貴はトーマスを呼び止める。
「さっき中途半端になったけど、食事の用意してくれてありがとう」
 トーマスは大きく頭を振ると、さらに手を振って否定する。
「あれはアランが用意しとけって言ったから。俺、全然気づかなくてごめんな。ベーコンエッグとかじゃなくて、日本食がいいって思うよな。それに、毎日のように夕食まで作り置きしてもらって、気づかなくて悪かったよ」
 アランが日本食を用意しろと言った。それを知って、由貴は少し嬉しくなる。だが、落ち込んでしまったのは日本食が恋しいからでも、毎日食事の用意をしているからでもない。
「ベーコンエッグ、好きだよ。それに、夕食の作り置きも、やりたいからやってる。気にしないで」
 市民大学へ通う準備を始めたトーマスを追いかけて、由貴は彼の部屋に入る。
「アランが自営業って言ってたけど、彼は何をしてるの?」
 リュックサックにノートを詰め込んでいたトーマスが手を止める。
「あれ? 聞いてない? あいつ、あれで社長なんだぜ? 笑えるだろう?」
「社長?」
 本当に笑い出すトーマスに、由貴は首を傾げる。
「まぁ、零細企業だけど、この辺じゃ有名。プラスチックリサイクルを扱ってて、本人もけっこう軌道に乗ってるって言ってた」
「そうなんだ」
 知らなかった。
 由貴はリビングに戻り、食事を再開する。食べながら、先ほどのアランの言葉を思い出し顔が熱くなる。
『まいったな。おまえ以外、もう何もいらない』
 それは愛の言葉に近い。アランはあの若さですでに地位も名誉もある。家も持っているし、経済的にも困っていない。その彼が由貴以外、何もいらないと言ったのだ。
 だが、あの彼にも言ったかもしれない。他の誰かにもささやいたかも知れない。
 生じる猜疑心を振り払うように、由貴は立ち上がり、庭へ出る。高い空は目にしみるくらい青く美しかった。


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