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 スーツ姿のアランは時折、腕時計を確認している。ネクタイこそしていないが、グレイのジャケットに淡いブルーのシャツがよく似合っている。
 由貴から見れば、この国の人達は皆、背が高く、格好良く映るが、彼はその中でも格が違った。学生にばかり囲まれていた由貴にとって、彼は大人の魅力を持ち合わせた人間だった。
「あれ? アラン、帰ってたんだ?」
 寝ぐせではねた髪もそのままに、トーマスが声をかける。
「おはよ、ヨシ」
「おはよう」
「十時出勤すんの?」
 質問だけ投げて、トーマスはキッチンへミルクを取りにいく。
「あぁ。おまえは休みか?」
「うん、昨日ね。久しぶりに八時間くらい寝たかも」
 トーマスがグラス一杯のミルクを持って、由貴の隣に座る。
「今日も散歩したんだ?」
 足を組んで、上半身を由貴にひねった姿勢でトーマスが聞く。
「いつもの道?」
 頷くと、トーマスは背もたれに肘をつき、考えるような仕草を見せた。
「あ、来週からホワイトアスパラガスの収穫に入るよ。ホワイトアスパラガス、好き?」
「うん。ホワイトソースで食べるのが好き……でも、まだ数回しか食べたことないけど」
「留学中に?」
「うん」
 由貴はゲルベの朝市で何度か購入したことを思い出した。マヨネーズで食べていることを話した時、当時の留学生仲間達から、ホワイトソースの存在を教えてもらった。それからは、ホワイトアスパラガスにはホワイトソースと決めている。
「じゃ、今回はたくさん食べれるよ。甘みのあるホワイトアスパラガスに濃厚なホワイトソース。付け合わせにほくほくのジャガイモと塩味の生ハム。おいしいよね。あぁ、なんか腹、減ってきた」
 人懐こい笑みを浮かべたトーマスにつられて由貴も笑う。不意にアランに目をやると、彼は綺麗に新聞をたたみ、静かに腕を組んで弟と由貴を見つめていた。
 由貴は親しみやすさがないと第一印象で思ったが、それは勘違いだったようだ。彼は口元に笑みを浮かべている。
「ホフのホワイトアスパラガスが一番うまい。今週末、ご馳走しよう」
「マジで!」
 目を輝かせるトーマスにアランが頷く。由貴が丁寧に礼を言えば、彼のヘーゼルナッツ色の目が優しく光った。

 金曜の夕方、トーマスが慌ただしく、フロアとリビングを行き来するのを、由貴は裏庭からのんびり眺めていた。市民大学から帰って来て、急いでシャワーを浴び、由貴の作っていたホットドッグを口に放り込む。
「急ぎ?」
 ドレーキップ式の開け放した窓兼扉の前で、由貴が声をかける。
「ぇくうぇくっ!」
 トーマスは必死に口の中の大きな塊を噛み砕きながら、裏庭から続くガレージへ駆けていく。
「約束!」
 自転車を押しながら戻ってきたトーマスがようやく息をつく。由貴は口の周りのケチャップに笑った。
「彼女と?」
「うん、そう。今日はそのまま夜勤に出るから」
「分かった。口の周りにケチャップついてるよ」
 トーマスが苦笑して、右手の甲で口の周りを拭う。左のくちびるの端にまだついている。由貴は思わず手を伸ばして指先で拭い取ろうとした。だが、由貴が手を伸ばした時、トーマスがうつむいたため、それは現実には起こらなかった。伸ばした手の指先を丸めて、由貴はひどく不安になる。
 同じようなことが、高校時代にもあった。由貴にとって苦い思い出は、今も自分という存在を揺るがせる力を持っている。
 将来、この国の言葉を使う仕事をしたいから、ここまで来た。だが、それは表の理由だ。本当の理由はただ日本から出たかったからだ。



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