meteor4/i | ナノ


meteor4/i

 バスタオルを体に巻いた由貴は濡れた髪を拭く前にドレーキップ式の窓を開けた。ブラインドの隙間からは前庭の樹木が見える。結露が消えると、はっきりと濃い緑の葉が現れ、由貴は一瞬、森の中に立っている気分になる。
 由貴の到着した日こそ晴れたが、その後、数日間はまた雨降りの日々で、緑の葉の間から漏れる太陽の光を見ているのは何とも心地良い。
 由貴はこのまま経過していく時間を味わいたかったが、ふっと入ってくる風が冷たくて、早々に下着をはいた。
 濡れた髪をバスタオルで拭きながら、リビングを抜け、キッチンへ行く。すっかり自分しかいないと思い込んでいたため、リビングを通り過ぎた時、目の端に映った新聞に驚いた。
 正確には新聞に驚いたのではなく、誰かが黒革の椅子に腰を落ち着け、新聞を広げて読んでいる姿に驚いたのだ。
「トーマス?」
 トーマスはまだ寝ている。それに、彼は新聞を読まない。そこまで考えたところで、シュッツ家のもう一人の息子、長男であるアランのことを思い出した。
 ただ、思い出せたのは隣の村で働いている自分より七つ年上のトーマスの兄、という情報だけで、名前は出てこない。
 バサッと新聞が机に置かれた。トーマスが父親似であるなら、アランは母親似だと言える。もっとも、それは髪と目の色だけだ。くるくるとしたレッドブラウンの髪がまなじりにかかり、彼はそっと髪を指先でかき上げる。ヘーゼルナッツ色をした目が由貴を見つめ返していた。
 アランの印象はシュッツ婦人のそれとは違う。怜悧な雰囲気の中に親しみやすさはなく、由貴は何となく気まずくなる。
「四月中旬とはいえ、下着一枚でうろうろしてたら、風邪引くぞ」
 ひどくゆっくりとした調子で、アランが話す。それが外国人である自分への気遣いだと、由貴はすぐに理解した。
「はい、あの、服を着てきます」
 由貴はバスタオルを上半身に巻き、急いで部屋へ戻った。カーゴパンツにTシャツというラフな格好で廊下へ出る。
 アランはキッチンでコーヒーを淹れ直していた。その後姿を見て、由貴は彼がトーマスよりさらに背が高いと確信する。
「君もコーヒー?」
「はい。ありがとうございます」
 アランは丸型のコーヒーポッドを捨て、新しいものに取り換える。
「あの、僕はヨシタカです。二週間くらい前からこちらでお世話になっています。言葉は、まだそんなに上手くないけど、間違えてたら、教えて下さい」
 由貴が右手を差し出すと、アランも右手を差し出してきた。
「俺はアラン。エダって隣の村に住んでるが、たまにこっちにも帰ってくる」
 ぎゅっと手を握られて、由貴はいつもそうするように愛想笑いをした。たいてい皆つられて微笑んだりするものだが、アランは笑う代わりに由貴のことを凝視した。
「ホームシックにならないか?」
 淹れてもらったコーヒーに礼を言うと、アランが尋ねてくる。
「まだ二週間だし、全然ないですよ。僕が育った街に比べて、ここは静かで緑もいっぱいで、まるで休暇に来たみたいです」
 冷蔵庫からミルクを出して、コーヒーの中へ少し入れる。砂糖は? とアランに聞かれ首を横に振った。
「村の人たちも優しくて、僕、ここ、すごく気に入ってます」
「そう」
 二人はキッチンからリビングへ移動し、椅子へ座る。由貴が時計を見ると、ちょうど九時になろうとしていた。アランはまた新聞へ目を落とし始める。
 由貴はアランのことを物静かな人だと思う。トーマスは逆に、由貴の言葉のどんな些細な情報にも反応して、色んなことを聞きたがる。少し冷めたコーヒーを飲み、由貴は小さく息を吐いた。嫌な沈黙ではなかった。


3 5

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -