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 トクサはハルカとヤマブキの森について話し合いを終えた後、すぐにヒイロの森を発った。砂漠化している土地を緑化するには、水と植林が必要になる。ハルカは二ヶ国が協力するのであれば、ヒイロの森を流れている大きな河川から地下を通して水を提供すると約束した。
 おそらくそれだけでは成功まで時間がかかるため、ある程度の緑が戻れば、ヒイロの森から徐々に精霊達の宿る木をヤマブキの森へ植樹していくことも検討している。ハルカがそう告げると、トクサは涙をこらえながら、まずはヒイロの森に住まう精霊王の言葉を仲間達へ伝えると言った。
「これからは共生の時代だ」
 トクサを見送るトキに、ハルカがささやいた。トキはハルカを見上げて、小さな声で尋ねた。
「犠牲は必要ないですか?」
 ハルカが苦笑した後、腕を伸ばして、トキの体を抱えた。
「十分過ぎるほど犠牲はあっただろう」
 トキはハルカの首へ腕を回す。目を閉じて、ハルカの耳元で、「好きです」と告げると、自分を抱き締めるハルカの腕に力がこもる。ミカミの街とは逆の方角へ赤い日が沈んでいった。

 そっと川の中へ入ったトキは、深く潜った後、水面に顔を出す。長い髪の一部がゆらゆらと揺れた。川上にある滝から少し離れた場所で、水浴びをする。精霊達からもらった汚れが落ちるという薬草を使い、肌と髪を洗った。
「トキ」
 自分だけしかいないと思っていたため、トキは驚いて顔を上げる。川べりからトキを見ていたハルカが、音を立てながら川へと入った。夜明け前の時間は霧が濃く、誰にも見られないと思い、トキは早起きをしてここへ来ていた。
「髪を洗ったのか?」
「はい」
 ハルカの手が髪に残っている薬草を取った。トキはハルカの指が耳へ触れた瞬間、身をよじって笑う。水が弾ける大きな音の後、ハルカの胸の中に体が閉じ込められる。トキは頭をあずけて、ハルカの体へ手を回した。
「精霊石の中から初めておまえを見た時、おまえの美しさに心を奪われた。外見ではない。その心の美しさだ。トキ、おまえは汚れてなどいない。おまえは美しい」
 霧がゆっくりと橙色に染まり、薄くなり、消えていく。朝日の光が水面を照らした。トキが瞳をうるませてハルカを見上げると、優しい口づけがくちびるへ落ちてくる。
「これからはずっと一緒だ」
 新しい一日の始まりに、トキは笑みをこぼした。



 もう何度も読んでいる創世記を閉じた少年は、台所で夕飯の支度をしている母親のそばへ駆けた。
「ヒイロの森はどこにあるの?」
 母親はまたその質問か、と言いたげに苦笑する。
「原始の森はずっとずーっと南にあると言われているわ」
「そこにはどうしたら行けるの?」
「船を使って海を渡るしかないんじゃない?」
「ずっと進んだら、海の端っこで落ちるよね?」
「さぁ……どうかしら? 私達の祖先はその原始の森から来たと言われているのよ。実際はどうか分からないけど」
「トキは精霊王と一緒だったの? 幸せだった?」
 いつものように質問責めをする息子に、母親は手を止めて振り返る。
「その本はおとぎ話だと言われているわ。でも、お母さんは本当だと思う」
 少年は母親の言葉に目を輝かせた。人間達は航海を覚えて島を出たかもしれないが、原始の森は南の海のどこかにあって、精霊達が暮らしている。トキは精霊王とともに最期を迎え、慈愛の心に満ちた彼の魂は、原始の森そのものに宿っている。トキは今でも幸せに違いない。最愛の者のそばにいられるのだから。
 本棚へ創世記を戻した少年は窓から外を見た。彼は空を見上げながら、この世界のどこかに存在する、いつか自分が愛する者のことを考えた。トキと精霊王のように永久の愛を誓うことを夢見る。
 夕刻の空には明るい星々が輝き、そのうちの一つが流れるように地平線の下へと落ちた。海の端はないのかもしれない。少年はあの流れた星の先に、ヒイロの森が存在するのだと信じた。



【終】


19 番外編1(14話で削った流血や凌辱シーン)

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