karuna16/i | ナノ


karuna16/i

 精霊王と契約していたことがある、というトキの話を信じてくれる人間は少なかった。特に、トキを嫌っている者達は、トキを嘘つきだと決めつけていた。
 トクサはそういう仲間達を制して、まずは二人だけで行くと告げた。リーダーが不在になることに対して、反対意見が出たが、彼は元から表に立つことが苦手らしく、これを機に裏方へ回ろうと考えているらしい。
 出発準備のため、三日間ほどトクサの訪問は途絶え、その間に様々な暴言と暴力を振るわれた。一度、ナイフを握らされ、自害することを強要されたが、ハルカに会えるかもしれないという思いでこらえた。

 トクサは歩けないトキのために、木と布を使い、背負って歩けるようなカゴを作った。トキの体調ではヤマブキの森を越えることはできないと医者から言われていたが、確かにたった一日だけで、トキは熱中症にかかった。ハルカと契約していた頃、完全な眠りに入らなくても、ただ目を閉じているだけで体の調子が戻っていた。自分の中にいない存在を思うと、トキは自然と涙をこぼす。
「切ない顔してるな。好きな奴のこと、考えてるだろ?」
 汗を拭いながら、トクサが笑みを見せる。
「俺もこのヤマブキの森のことがうまくいけば、家族を作る」
 トクサはすでに二十歳になるが、その歳まで結婚しないことは珍しい。おそらく反王国活動に力を入れた結果だろう。だが、彼ほどの男なら相手に苦労はしないはずだ。見た目は分からないが、いつも優しく頼もしい。
 日が一番高くなる時間が過ぎるまで休み、トクサは色々なことを話しながら進んだ。話しかけてもらえるのはありがたかった。トキはハルカに会える喜びと会っても受け入れてもらえない不安でどうにかなりそうだったからだ。
 十日後の夜、二人はミカミの街へと到着した。宿屋で一泊することになり、宿屋の主人はトクサへ湯浴みをすすめる。トキはこれ以上、彼を煩わせたくなくて、湯浴みはしないと言った。主人に運んでもらったリチの実を食べながら、ベッドの上で涙をこぼす。あれから一年以上もの間、トキはずっと耐えてきた。
 ハルカに抱き締めてもらえますように、頑張った、役に立ったと言われますように、と祈りながら、トキはベッドへ横になる。偽りの抱擁でも、嘘の言葉でもよかった。ともには暮らせないと言われてもよかった。トキの願いはとてもささやかなものだった。
 翌朝、トクサに背負われ、トキは東の森へと入った。林道を歩くトクサが周囲の景色を教えてくれる。トキは遠くに霧が見えないか尋ねた。
「霧? まだ見えない……さっきから同じ道のような気がしてくる」
 その言葉に、トキは気を集中させた。精霊達の気配をかすかに感じていた。トクサに方角を言うと、彼は一度立ち止まった後、速度を上げる。
「霧だ、あ……」
 トクサが小さく叫んだ。
「トキ、信じられない、こんな……」
 何に驚嘆しているのか、トキにはよく分かる。トクサは今、湿った土を踏み、鮮やかなコケと太く隆起した木々の幹を見つけたのだ。彼の震えが伝わってくる。
「なんて美しいんだろう」
 そのささやきに答えたのはトキではなかった。トキは精霊達の気配に顔を向ける。
「ヤマブキの森も以前はこうでした」
 トクサが慌てて、後ずさり、バランスを崩した。トキもバランスを崩して、体がカゴから落ちる。
「ごめん」
 トクサが振り返り、トキの体を起こそうとしてやめる。トキは笑いながら、泣いていた。柔らかなコケの上に頬を押しつけ、愛しい者の頬をなでるように、手でコケをなでていた。それはトクサから見れば、少し異様な光景だったが、精霊達は静かに眺めている。
「トキ」
 懐かしい声にトキが顔を上げた。
「ユズリ?」
 ユズリがそっとトキを抱え上げる。あまりの軽さにユズリの表情が固まったが、トキ本人がそれに気づくことはない。
「おかえりなさい、トキ」
 精霊達の声が重なる。皆、トキの帰還を喜んでいた。トキは嬉しくて、嗚咽を上げる。トクサは歓迎を受けながらも、精霊達の瞳が悲痛な色に染まっていることに気づき、少し首を傾げた。


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