karuna10/i | ナノ


karuna10/i

「あったかいですか?」
「あぁ。温かい」
 トキは嬉しくなり、しがみつくようにハルカの体を抱き締める。だが、その力は長続きしない。旅の疲れもあってか、トキはしだいにハルカの体の上から滑り落ち、ベッドの上へ転がった。
 まだしっとりと濡れているブロンドの髪に触れた指先が、トキのまぶたへ移動した。ハルカが無邪気な寝顔を隠すように、まぶたを手の平で隠した。その表情はすべての感情が欠落しているようだったが、眠ってしまったトキが気づくことはなかった。

 翌朝、ハルカに起こされたトキは主人へ代金を払い、ミカミの街を抜けた。ミカミはゼンレン王国領の最東端の街だ。ここからさらに東へ進むと、ヒイロの森がある。ゼンレン王国はもちろん、この先の森を領土の一つに数え上げたいようだが、ヒイロの森へ手を出せない理由があった。
 森は出入口が一つというわけではない。どこからでも入ることができる。最初は雑木林のような比較的、誰でも歩ける林道が続くが、途中から方角が分からなくなる。ゼンレン王国軍は過去何度もヒイロの森の入口付近を探索しているが、誰一人として戻ってくる者はいなかった。
 トキは薄い霧がかかったような光景を遠くに見た。砂漠の砂とは異なる性質の湿った土を踏みしめながら、歩みを進める。
「あ……」
 薄い霧の中へ入った瞬間、空気が変化した。砂の混じったものではない。清澄な空気が肺を満たす。トキは一度、立ち止まった。すぐにその手を引く手がある。
「ハルカ……」
 歩くたびに布靴が濡れた。柔らかな感触の土が濡れている。トキはよく見ようと目を凝らした。鮮やかで濃い緑のコケが足元にぎっしりと生えていた。驚いて顔を上げると、晴れていく霧の間から、大きな茶色の木々が見えた。オアシスにあるひょろひょろとした木とは比べ物にならない。太く大きな幹を隆起させた木々は、下にはコケ、上には常緑の葉をしげらせていた。
 あまりの美しさに、トキはハルカの手を放して、その場に立ち止まった。自然とあふれる涙もそのままにして、トキは葉の間から漏れる太陽の光を見上げる。この木漏れ日と同じ日が砂漠にも降り注いでいる。一方ではこんなに優しく、一方では汗すら蒸発させる厳しさだ。
 ハルカの手がトキの手を握った。この世界は一つの森だった。トキが森を切り拓いたわけではない。だが、神々しい森の中で、トキは自分を恥じていた。外と内から聞こえてくる、「おかえりなさい」という声に涙を拭うと、人型をした精霊達が集まっていた。ハルカは今まで見たことがないほど、幸せそうな笑みをこぼす。
 トキの手を握っていた手が放れていく。トキは慌てて、ハルカを追いかけようとした。その前に精霊達が立ちはだかる。
「次期国王様は現国王様とお話があります。我々も城へ行きますが、あなたには別室でお待ち頂きたいのです」
 トキは心細さからハルカの背中を視線で追った。契約している精霊達がトキを安堵させようと優しい言葉をかけてくる。
「こちらへ」
 トキは促された方向へ歩いた。ハルカに手を引かれている間は気づかなかったが、今までと違う地面は歩きづらく、コケを踏むことにも抵抗があった。しばらく必死に歩いていると、水の流れる音が地響きのように聞こえてくる。
 顔を上げると城と呼ばれているものが見えた。城はトキの知っているレンガ造りの建物ではない。二階建ての建造物に見えないことはないが、何十本もの木の枝が複雑に絡み合ったような形をしていた。
 城の前には大きな川が流れており、そのさらに奥に滝があった。激しい音はその滝から聞こえてくるものだ。トキは滝を見るのも初めてだった。ちょうど虹が出ており、その美しさに息を飲む。
「こちらです」
 川に架かっている橋は、木から伸びている枝だった。城の向こうには創世記でしか読んだことのない、巨大な精霊樹がそびえていた。トキが見上げても、その幹しか見えず、枝葉は空に届いているのではないかと思うほどだ。
 城の中へ入ると、案内をしてくれた精霊が枝の隆起につまづかないようにと手を貸してくれた。中庭のような場所を通ると、やはり枝を合わせたような扉の前まで来た。
「こちらでお待ちください」
 中は広々としていたが、枝で囲まれた箱のような部屋で、椅子も何もない状態だった。


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