edge 番外編18/i | ナノ


edge 番外編18/i

 遠慮しているのか、部屋から出てこない和信を呼ぶ。先ほどまで貴雄とコーヒーを飲んでいた。彼はお代わりをいれるため、キッチンのほうへ移動する。和信が周囲をうかがうように出てきて、カウチソファへ座った。窪田兄弟のことは端的に説明をして、平川の借金のことを話す。
 翔太は納得していなかったが、どんな金でも金は金だと言えば、黙っていた。一弥の金で平川の借金を払った。だが、その金額分、新たにKファイナンスから借りたことにしてある。和信には言わないが、彼が払ってくれる金については、いずれ平川と彼の母親が切れた時に返す予定だ。
 毎回こんなことをするのは無意味だと分かっている。和信はたまたま自分の目に留まったが、和信以上に不幸な境遇の人間はたくさんいるだろう。だが、出会ったことは縁であり、自分の目の届く範囲に助けを求める人間がいるのであれば、すべてを救えなくても手を貸せばいい。
 一弥は貴雄と出会えたことに感謝している。彼と出会わなければ、もしかしたら、今でもトンカツ屋で仕事を続け、平凡な毎日を送っていたかもしれない。だが、もう、あの一人ぼっちの部屋に帰ることはない。嫌なことのほうが多かったが、今となっては過去のことであり、一弥は今、幸せだった。
 先にベッドで携帯電話をいじっていた貴雄の隣へ入り込む。背中をなでると、彼は視線だけこちらへ向けた。
「俺って偽善者だよな……」
 顔を近づけてきた貴雄は、触れるだけのキスをくちびると額へくれた。
「おまえのその偽善で、あいつは救われているんじゃないのか? 必要な偽善は当人にとっては偽りでも何でもない。ゆっくり休め」
 大きな手がまぶたをなでる。一弥は目を閉じて、和信の幸せを願いながら眠った。

 永野は持ってきた報告書を見せながら、「本当、最低な野郎ですね」と言った。一弥は報告書を黙読する。
「この写真」
 敬也が和信の派遣元と派遣先企業へ送付した写真だった。
「双方から買い取りました。普通、すぐ処分ですよね? こんなもの、保管してるなんて、俺、どっちの会社もクソだと思いますよ」
 そうだな、と頷き、買い取った永野の判断を褒めた。彼は和信が敬也から暴力を振るわれていることについて、部屋の隣人からも言質を取ったと続ける。物音や悲鳴を何度も聞いているとのことだった。だが、男が二人住んでいる状態だったため、あまり気にしていなかったらしい。
 和信は敬也に会う際、朝也を連れていった。自分を頼らなかったのは、和信の自立心からだろうと思い、いい傾向だと考えていた。冗談で、朝也と一緒にアメリカへ行けと言ったが、そうなればいいと本気で思う。そうすれば、和信は母親という呪縛から解放されるだろう。
「皆それぞれ、他人には分からない問題抱えて生きてる。おまえだって、自分は平気って思ってるかもしれないが、体に残った傷痕、見ろよ。それ以上に心は傷ついてるはずだ。それでも、この先、やっぱり進み続けるしかない。自分を責めるな」
 一弥が和信へ伝えた言葉は、貴雄が一弥にかけてくれた言葉だった。煙草を吸いながら、自分と重ねた和信が、朝也とともに幸せに暮らせたらいいのに、と甘いことを考えた。期間限定になるとの話だったが、つい先日、朝也と暮らすという話は和信本人の口から聞いていた。その直後に朝也がオフィスへ来て、彼から部屋を探していると相談を受けた。
 頼られて嫌な気はしない。一弥は彼らのために共永会の力を使い、格安の物件を用意した。朝也は六月にアメリカへ行くと報告にきた後、和信のことを頼みますと頭を下げた。
「頼まれてもいいけど、和信はおまえを待ってるんだ。なるべく早く帰ってこいよ」
 ぎゅっと食い縛られたくちびるから、「はい」と返事が聞こえた。


番外編17 番外編19

edge top

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -