edge49/i | ナノ


edge49/i

 指先へのキスはくすぐったいのだと言った後、貴雄はベッドへ寝かせてくれた。明日は日曜だから、ひとまずゆっくり寝ろと毛布をかけられる。緊張などしていないと思っていたが、体は疲れているのか、アルコールのせいなのか、一弥は目を閉じるとすぐに眠った。
 真夜中に一度だけ覚醒した。うつ伏せた状態で顔は扉のほうへ向けていたため、一弥が目を開けたことに貴雄は気づかない。彼は大きな手の平で背中をなでていた。だが、一弥はその愛撫で目が覚めたのではなかった。背中にぱたぱたと水滴が落ちてくる。嗚咽は一切聞こえなかった。
 貴雄が何を思って泣いているのか、一弥には分からない。ただ、こういう涙は嫌だと思いながら目を閉じた。

 昼頃まで眠っていた一弥は、ベッドから抜け出すと、リビングダイニングへ向かった。すでにシャワーを浴び、おそらく昼食も終えた貴雄がノート型パソコンと向き合っている。
「おはよう」
 一弥を認めると、貴雄はかすかに笑みを浮かべた。一弥も返事をして、まずは煙草を探す。ガラステーブルの上に目当てのものを見つけて、お気に入りのカウチソファへ座った。ゆっくりと一服してから、シャワーを浴びて出ると、貴雄がテーブルへ昼食を並べてくれていた。
「どうも」
 寝室で大きめのTシャツとジーンズを身につけてから、椅子に座って両手を合わせる。昼食は外で買ってきた弁当だった。口を動かしながら、貴雄を見ていると、視線を上げた彼と目が合う。気まずくなり、視線を弁当へ落とした。
 シャワーを浴びた時、一弥は自分でアナルを洗浄していた。期待しているわけではない。ただそのほうが色々と楽だと思ったからだ。自分への言いわけを心の中でつぶやきながら、つい貴雄へ視線を戻していた。
「一弥」
 貴雄の声に箸を動かす。
「おまえが食べ終わるのを待ってやってるのに、物欲しそうな目で見るな」
「見てない」
「見てる」
「見てない……おまえが俺の視界に入ってるのが悪いんだろ」
 一弥の言い様に貴雄が吹き出した。
「おまえなぁ」
 最後に漬けものを食べて、麦茶を一口飲むと、貴雄が立ち上がる。一弥は思わず体をすくませた。
「ジムへ通ってたんだって? どれくらい体力がついたか、確認しないとな」
「変態。何で普通に、セックスさせてくださいって言えないんだ?」
「自分で洗ったか?」
 一弥は顔が熱くなるのを感じてうつむいた。貴雄が勝ち誇った笑みで、まだ椅子に座っている一弥の体を引き上げる。筋肉がつき、体重も増えているはずなのに、貴雄は軽々と一弥を抱えた。
 ベッドの上に座った一弥の横に、放り投げられた潤滑ジェルやコンドームが散らばる。窓の向こうには透き通るような秋空が広がっていて、一弥は小さく溜息をついた。昼間から盛るなんて、どうかしている。だが、求められることに安堵している。
 手首と足首にはうっすらと拘束されていた痕が残っていた。小野の相手をしていたことは貴雄も知っているはずだ。
「あ、食後の一服してない」
 貴雄が服を脱ぎながら、ベッドへひざを立てる。
「後にしろ」
 不満の言葉を続けるつもりだったが、貴雄の目に映る欲情を見て、一弥は言葉を飲み込んだ。求めていた手の平が頬をなでるように動き、一弥の髪を払う。貴雄は一弥の衣服を脱がせ、あらわになった肌へくちづけた。
 たかがキスなのに、一弥の心はそれだけで揺れる。視界がにじんだのを慌てて指で確認して涙を拭った。たったこれだけで、自分の存在を崇高なものに変えてしまう貴雄のことがとても大事だった。


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